04 Dr.スズは総長と交渉する







 どうやらアーサーは、スズに会わせるためにエリカを治療院に呼び寄せていたようだ。


「体調は大丈夫か?」

「相変わらずよ」


 アーサーはエリカを気遣うように言葉をかけた。

 アーサーが引いた椅子に、エリカはゆっくり腰を下ろす。


「先ほどの治療、見事だったわ」

「ありがとう、Dr.ブラックウェル」

「エリカで良いわよ」


 エリカは医術師いじゅつし連盟の総長とのことだが、全く偉ぶったところのない穏やかな女性だった。


 応接室のような部屋で、エリカとスズは向かい合って座る。

 エリカの隣ではアーサーが、相変わらずの難しい顔で話を聞いていた。


「この世界とあなたの居た世界は、どう違うの?」


 エリカは、レーベンフック家の使用人らしき女性が淹れたお茶を一口すする。

 よほど熱かったのか、エリカはぐっと顔をしかめながらスズに尋ねた。


「私のいた世界とまず大きく違うのは、大陸の位置だ」


 スズは蝋板ろうばん(蝋でできたメモ書き用の板)を借り、大まかな世界地図を書いて見せた。


「大陸の形も違うので、国も言語も文化も歴史も違う。恐らく、細かく見れば人種も異なっているのだろう」


 アズリールとマルヴィンは、部屋の隅で立ったまま話を聞いている。

 スズが、2人に同席を頼んだのだ。


「そしてもうひとつ大きく違うのは、魔術の存在だ。

 知り得る限り、我々の世界に魔術を扱える者はいなかった」


 スズの言葉に、エリカとアーサーは何故かいぶかしげに目を細めた。


「共通する部分もある。太陽も月も、1日が約24時間であることも変わらない。人間の姿形も大きく変わらず、私の知る医学や科学が通用する。

 この世界の文明や科学の発展を見る限り、私がいた時代より600年ほどさかのぼった頃と近しいのではないかと思う」

「……私達から見れば、あなたは600年先から来た未来人ということね」

「概ねその認識で間違いない」


 エリカは腕を組み、ふぅっとひとつ息を吐いた。


「つまり、あなたにとってここは全くもって未知の世界……全く関係のない世界に来てしまったと、そういうことね」

「あぁ、その通りだ」

「それなのにあなたはこの一週間、医療器具を作ることだけに時間をついやしていたというのは本当?」


 エリカの問いに、スズは事も無げに答える。


「あぁ。マルヴィンのじいさんの手術オペをさせて欲しい。

 それを認めてもらうために、Dr.アーサーに会いに来たのだ」


 マルヴィンは部屋の隅で聞きながら、気まずそうに頭を掻く。


 スズは改めて、マルヴィンのじいさんの症状と治療法を説明した。

 エリカとアーサーは、眉間に皺を寄せたままスズの説明に聞き入る。


 エリカは再びお茶をすすり、またぎゅっと顔をしかめた。

 丁寧な所作でカップを置き、スズに尋ねる。


「あなたにとって……コンラート氏は赤の他人でしょう? どうしてそこまでするの?」

「赤の他人を救うのが医者だ」

「それはそうでしょうけど……

 全く見知らぬ世界に来てしまったのなら、人のことよりまずは自分のことをなんとかしようと思わない?」

「ははっ、そこについては私は幸運だったな!

 最初にアズリールとマルヴィンに出会えたおかげで、何故かなんとか生きていける気がする」

「あきれた!」


 スズが快活に笑ったので、エリカもつられて笑った。

 アズリールとマルヴィンは、さらに気まずそうに頭を掻いた。


 スズはようやく、れてもらったお茶をすすった。お茶は程よくぬるかった。


「私は今まで、救えない命をどうしたら救えるかを考えて生きてきた。

 救える命があるのなら、救うのが当然だ」


 新たな治療法、薬、術式……見えない壁をひたすら打ち砕くのがスズの役目だった。

 新たに命を救う方法をスズが見つければ、他の医師が患者の命を救ってくれた。


 しかしこの世界では、救える命を救うのはスズの役目だ。

 そう感じたからこそ、スズはマルヴィンのじいさんを救うと決めたのだ。


「コンラート氏は、本当にそれを望むのかしら。

 身体を切り刻まれるくらいなら、このまま安らかに命を終わらせたいと思っているかもしれないわよ」


 エリカの言葉にごくりと唾を飲んだのは、アズリールとマルヴィンだった。

 スズは表情を変えずに頷いた。






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