09 Dr.スズはチームを組む








 スズはとにかく不器用だった。


 メスの扱いも縫合ほうごう技術も最低レベル。

 唯一、注射器の扱いと気管挿管きかんそうかんだけは死ぬほど練習して、研修医に毛が生えた程度の技術は身につけた。


「私には知識しかないのだよ。すまない」


 眉を、「ヘ」の字に垂らすスズに、マルヴィンはふっと笑いを零した。


「……いや。スズが居なかったら、原因もわからなかったんだ。治療法があるとわかっただけでも、嬉しいよ」


 マルヴィンは小さい子にするかのように、スズの頭をくしゃりと撫でた。


(元の世界では、知識があるだけで人を救えたのに……!)


 スズが幅広い分野で臨床医りんしょういを経験したり薬学研究や医学生の教育に取り組んだのも、花形ともいえる外科の執刀医しっとういになれなかったからだ。


 スズは拳でドンッとテーブルを打つ。


「くそぅ……!

 手術の腕が上がる能力でも貰えていれば……!!」

「いやいや、能力ギフトが2つあるだけで凄いから」

「しかもせい魔術で能力ギフトが2つなんて、聞いたことがない」


 スズが言うと、マルヴィンとアズリールが口々に言った。


「そうなのか? アズリールはどんな能力ギフトなんだ?

 そもそも聖魔術ってなんだ?」


 スズが問うと、アズリールは右手の甲をスズに向けた。


「俺は、これだ。ひかり魔術だよ」


 その手の甲には、『燦爛さんらんたる十指じっし』と書いてある。


「どういう魔術だ?」

「正確にはわからんが、手先が器用になる魔術だろうと思う。なぜ光魔術なのかもよくわからん」


 そう言ってアズリールは、テーブルに置いてあったリンゴとナイフを手に取った。

 するとアズリールの手指が、黄金色の光を放つ。


 アズリールは迷いなく刃を進め、リンゴに立体的な薔薇ばらを描きだした。見事な飾り切りだ。


「凄いじゃないか! こんな技、見たことない!!」

「はは、あまりこの能力ギフトが役立つ場面はないんだが……君に言われると光栄だな」


 そこでスズは、はっとする。


「マルヴィン……君、このはがねも加工できるか?」


 そう言ってスズは、先ほど合成したオーステナイト系ステンレスこうの塊を差し出した。


「通常は強い圧力で形を変え、機械で削って形成するのだが……」

「できると思うよ」


 マルヴィンの返答を聞き、スズは白衣のポケットを探った。

 常に持ち歩いているボールペンと小銭入れ、そしてここに来る前に受け取った薬事やくじ認定の文書を見つけた。


「こんな細かい加工も可能か? 外径がいけいは、このコインの厚みの半分くらいだ」

「うわ、ほんとに細かいな」


 用紙の裏に図面を描く。

 さらにコインの厚みを見せながら、サイズ感を伝える。


 スズは絵もそれほど得意ではないが、説明を加えながら形を伝えるとマルヴィンは理解した様子で頷いた。


「いくよ」


 ステンレスこうの塊に、マルヴィンが手をかざした。

 マルヴィンの右前腕の紋には、『工匠こうしょうの形成術』と書かれている。


 両腕が白銀色の光を放つ。

 専用の機械で圧縮しない限り形が変わるはずのないステンレス鋼が、粘土のようにくにゃりと曲がった。


 その一部分が細長いピアノ線のような形に変わった。

 さらに細かな加工が進むが、もはや肉眼ではマルヴィンがどんな加工を加えているのか判別できなかった。


「……できた、と思う」


 リンゴが乗っていた小皿の上には、小さく細い針が転がっている。

 針の芯となる中心部には小さな穴が貫通しており、針の先端は鋭角に尖っている。

 太さも、形も、完璧だった。


 先ほどスズが見せたのは、米ドルの1セント硬貨。厚みは1.55mm。

 完成した針の外径は、その半分の約0.8mm。


 静脈内じょうみゃくない注射に使われる、21ゲージの注射針の完成だ。


「マルヴィン……いや、マルちゃん!!」

「え、うわっ!!」


 喜びのあまり、スズはマルヴィンに抱き着いた。


「君がいれば、治療ができる!」

「えっ?」

「それに……アズにゃん、君もだっ!!」

「は?」


 そして今度は、アズリールに抱き着いた。

 驚いてアズリールは、固まっている。


「君たちと私がいれば、手術オペができる! じいさんを助けられるぞ!!」


 スズは鼻息荒く、そう言った。

 突然のことに、アズリールは困惑している。


「待て、待て! ちゃんと説明をしてくれ!」


 アズリールはスズを引き剝がしながら、戸惑った様子で言った。

 スズは変わらず興奮状態で身を乗り出す。


「私が君たちに医学を教える。

 マルちゃんが治療に必要な道具を作り、アズにゃんが手術オペをするんだ!」

「その、アズにゃんっての辞めてくれ……!!」


 更に具体的に、スズは2人の役割を説明した。

 いくら知識を提供するからといって、いかに他力本願な計画であるかということも。


「責任はすべて私がとる。患者に何かあれば、命も惜しまない」


 医師として相応ふさわしい台詞ではないと解っていた。

 しかしスズは、この世界の医術を導くにはそれぐらいの覚悟が必要だということも解っていた。


「……話はわかった」


 アズリールは、スズに向き直って言う。


「スズ。俺の父に会ってくれ」


 アズリールの言葉に、スズは目を見開いた。


「それは……プロポーズか?」


 スズの反応に、今度はアズリールが目を見開いて言う。


「違うわ!!

 誰が会ったばっかりの幼女に婚約を申し込むか!!!」


 なんとか耐えていたマルヴィンだったが、アズリールの真っ赤な顔を見て吹き出し、腹を抱えて笑い転げたのだった。









 第2章 初めての王都編 へ続く―――






 読んでくださり、ありがとうございます。

 少しでも気になった方は、引き続きよろしくお願い致します!


 評価・コメントなど頂けると喜びます……!

 https://kakuyomu.jp/works/16817330654690459312#reviews


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る