06 Dr.スズは病態を説明する
スズは書棚から、マルヴィンの
この世界でも人体解剖は行われているらしく、骨格や内臓をスケッチした解剖図が1冊の本にまとめられている。
正確とはいえないが、脳の解剖図も記録されていた。
「脳と
脳脊髄液は、脳の腔所である
解剖図にも脳、脳室、脊髄の全てが描かれている。
現時点で2人は、スズの説明を理解しているようだ。
「産生された脳脊髄液はやがて血管から吸収されるが、
そうなると、脳室に脳脊髄液が溜まりすぎて大きくなる」
2人の反応を見ながら、スズは続ける。
「大きくなった脳室は、脳そのものを圧迫する。
我々はその状態を、
正常圧水頭症の症状として代表的なのが、認知障害、歩行障害、排尿障害だ」
現代ではこの3つの症状を、正常圧水頭症の三大
もちろん、正式に診断名を付けるにはCTやMRIでの画像所見が必要だが。
「脳が圧迫されると、なぜそのような症状が起きる?」
「脳は人間の行動の多くを
考えることはもちろんのこと、足を動かすことも姿勢を保つことも、おしっこを我慢することにも脳は関わっている」
アズリールは頭を抱えた。
人体解剖により身体の構造は理解できていても、脳のはたらきまでは解明されていなかったのだろう。
「原理は……理解できる。否定すべき点も見つからないが……」
「それなんだよ。証明のしようがないんだ」
アズリールの言葉に、スズは頷きながら言った。
2人にとっては、全て机上の空論でしかない。
それについてはスズも十分理解していた。
「一番手っ取り早く証明するには、腰から
大きくなった脳室を一時的に縮めることで、脳の圧迫も抑えられる。
じいさんが正常圧水頭症であれば、まず歩行障害が改善する」
先ほど言ったように、脳と脊髄の
脳室内の脳脊髄液は簡単には抜けないので、代わりに腰から脳脊髄液を抜くことで脳室の膨張を一時的に軽減できるのだ。
「そ、それは本当か……?
じいちゃんは治るってことか?!」
「腰椎穿刺はあくまで、治療効果があるかを確認するためのものだ。
最終的には継続的に脳脊髄液を
スズはさらに詳細に手術の手順を説明した。
2人とも理論は理解できているようだが、先ほどと同じように頭を抱えた。
「これでも、脳外科医にとっては難易度はそれほど高くない治療法だ。
しかしそれも、治療に必要な器具や薬剤が揃えばという前提の話だ」
現代の医療ならば、なんの問題もなく救えるはずの患者。
スズは、ぐっと唇を噛んだ。
すると、スズのお腹がぐぅ、と音を立てる。
「もう日暮れか。……一旦夕食にしよう」
マルヴィンは立ち上がり、炊事場へと向かった。
少しアズリールを休ませたかったので、スズもマルヴィンについていく。
「なにか手伝おうか」
「いや、仕込みはほとんど終わってるから大丈夫だよ」
「良かった。手伝うと言いながら、私は料理は苦手なんだ」
「ははっ! 凝ったものを作るわけじゃないし、誰でもできるよ」
スズはとにかく不器用で、特に料理は苦手分野のひとつだった。
「それは……火をつける道具か?」
「あぁ、
マルヴィンが鍋を乗せたのは、コンパクトなかまどのような石造りの装置だった。
かまどと同じく下部に空気穴があり、上部には鍋や釜を置くスペースがあるが、一般的なかまどと違うのはスイッチとレバーがあるということだった。
マルヴィンがスイッチを入れると、火がついた。レバーで火力を調整する。
「すごいな。魔石とやらで動いているのか?」
「そうだよ」
答えながらマルヴィンは、手際よく鍋に食材を流し込む。その間に、食器棚からお椀や皿を取り出した。
続いてマルヴィンが引き出しから取り出したスプーンを見て、スズは驚きながら尋ねる。
「このスプーン、持ち手のところの細工が凄いな。この世界にはこんな技術があるのか……?」
そのスプーンは鉄製であり、持ち手に非常に精巧で立体的な動物の細工が施されていた。
「あぁ、それ僕が作ったんだよ」
「えぇ!?」
「物の形を変えたり、金属の加工ができる
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