04 Dr.スズはギフトを賜る






 スズは、ここまでの経緯を概ね包み隠さず2人に伝えた。

 人を見る目はあると自負じふしていた。2人のことはなんとなく、信頼できる気がしたのだ。


「つまり君……スズは、ここよりも医学が進歩している魔術のない世界からやってきた医者で……」

「実際は僕たちと同じ24歳……」


 スズの話を聞き、アズリール、マルヴィンは続けて言葉を零した。


「え、2人とも同い年なのか?」

「何か含みがある言い方だな」

「いや、すまん」


 アズリールににらまれ、スズは慌てて両手を挙げ首を振る。

 アズリールはマルヴィンに比べ細身で小さかったので、まだ10代くらいかと思っていた。

 マルヴィンは、困ったように頭を掻く。


「でも君……さっき、せい魔術を使ってなかった?」

「あの手元が光ったあれか。あんなことは初めてだ」


 経口補水液を作る時に起きた、不思議な現象。

 この世界ではあの現象を、魔術と呼ぶらしい。


「手元が白く光った瞬間、はかりも計量スプーンもなく正確に計量できると確信できたのだ」

「それが魔術であれば、身体のどこかに【七神しちしんもん】があるはずだ」

「紋?」


 アズリールに言われ、スズは自分の手や腕を確認した。

 そして右手の薬指に、白く細かい紋様が刻まれているのを見つけた。


「あった」


 スズは掌をアズリールに向け、紋様を見せる。

 アズリールは身体を起こし、目を細めてスズの薬指の紋様を見遣った。


「『聖哲せいてつの合成』とある。やはり間違いなく聖魔術だな」


 マルヴィンも、物珍しそうにスズの薬指を覗き込む。


「それを【能力ギフト】という。七神しちしんから能力ギフトたまわった者を、魔術師と呼ぶ」

「これはどんな能力なんだ?」

能力ギフトの内容は、保有する本人が見出みいだすしかない」


 『合成』というからには、混ぜ合わせてひとつにする、ということか。

 だからあの時、適切な分量で経口補水液を合成することができたのだろうか。


「魔術については後で説明する。君の話に戻っていいか?」

「オーケー。いいよ」


 アズリールの言葉に、スズは両手を挙げてふたつ頷いた。


「にわかには信じがたい話だが……医学が進歩しているというのは、どの程度だ?」

「どの程度と表現するのは難しいが、私の出身国である日本においては平均寿命が80歳を超えている」

「は、80歳だと……!?」


 医学の進歩を語る上で、平均寿命はもっともわかりやすい指標だとスズは考えている。


まれに110歳を超えるようなじいさんばあさんもいるな」

「すごい……!!」


 実際、アズリールもマルヴィンも驚いている様子だ。


「この世界の寿命は何歳くらいだ?」

「正確な平均は出されてないと思うけど……60歳まで生きれば長寿って言われるかな。うちのじいちゃんもそんなもんだ」


 マルヴィンの答えから察するに、やはり文明レベルはスズの見立てと大きくは外れていないようだ。

 医療の発展という意味でも、元の世界の15~17世紀頃と同程度と考えられる。


 中世の時代は乳幼児期での死亡率も高かった。この世界でも平均寿命を正確に出すとしたら、20~30歳代となるだろう。


(文明のレベルでいうと、聴診器ちょうしんきや注射器もない……そもそも石鹸やアルコールでの消毒という概念すらない世界かもしれんな)


 スズが椅子の背もたれにどかりと背中を預けると、部屋の隅をトタトタ歩くじいさんの姿が目に入った。


「マルヴィンのじいちゃんって、あの人か?」

「うん、そうだよ」

「失禁してるぞ」

「え、うわ!」


 スズの言葉に、マルヴィンは慌てて立ち上がった。

 じいさんのズボンの股間部分は、じっとりと濡れていた。


「手伝うかー?」

「いや、いいよ! じいちゃん、着替えに行こう」


 スズが声をかけるとマルヴィンは手を振り、着替えを持ってじいさんを外へ連れ出した。

 その様子を見ていたアズリールが、ひとつ息を吐く。


「……今日はマルヴィンのじいさんの様子を見に来たんだ」

「あのじいさんの?」

「あぁ。最近けが始まったらしい。

 歩くのもままならず、失禁することも増えてきたようだ」


 アズリールの言葉に、スズは目を細めた。







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