03 Dr.スズは助けてほしい






 マルヴィンがアズリールを室内に運び、ベッドに寝かせた。

 アズリールは無事に水分を摂取でき、バイタルサインも落ち着いている様子だった。


 マルヴィンがアズリールを看ていてくれたので、その間スズは書棚にあったマルヴィンの本を隅々まで読み漁った。

 おかげで、この世界の大体のことは理解できた。


(北極・南極とは別に……北半球と南半球、それぞれに同程度の面積の大陸が1つずつ……)


 ここは太陽系に存在する地球ではあるが、大陸の地形や位置は元いた世界の地球とは異なる。


 言語・文化・宗教・歴史も異なる。しかし、人種・文明・科学においては概ね元の世界と近しい進化、発展を遂げている。


 本から推測するに、この世界では天動説てんどうせつが通説となっている。

 その点からも科学文明としては、元の世界でいう15~17世紀頃と考えて良いだろう。


(それ以上に元の世界と大きく違うのは……がある、という点か)


 魔術。

 元の世界でも呪術じゅじゅつというものは昔から信じられてきたし、かつては科学と魔術の境界が曖昧だった時代もあった。


(しかしこの世界では、確かに存在するものとして扱われている……)


 どの本にも当然のように魔術についての記載がある。いかにして魔術が生まれたか、歴史の中で魔術がどう発展してきたかという記載も。


 魔術について記載のある本を読み進めていると、アズリールを看病していたマルヴィンがスズに声をかけた。


「アズリールが目を覚ましたよ」

「そうか」


 スズは本を書棚に戻し、ベッドの脇の椅子に座った。

 横になったまま、アズリールは青白い顔をスズに向ける。


「迷惑をかけた。おかげで助かった、ありがとう」

「当然のことをしたまでだ」


 スズが肩をすくめて言うが、アズリールの表情は硬かった。

 一瞬の沈黙の後、口を開いたのはマルヴィンだった。垂れた眉をさらに垂れ下げて言う。


「アズリール、すまなかった。僕の帰りが遅くなったせいで……」

「いや。俺も疲労が溜まっていたのに、油断してしまった。

 じいさんは一体どこに居たんだ?」

「さっきココが見つけて来た。森の中に迷い込んでたみたいだ」

「じいさんも、そろそろ危ういな」


 ココ……先ほどの黒い犬が、マルヴィンの祖父を見つけたという。

 どうやらアズリールは、マルヴィンの祖父に会いに来ていたようだ。熱気のこもったあの工房にしばらく居たことで、熱中症になったらしい。


 アズリールは、視線をスズへと向けた。


「……君は医者と言ったか?」

「あぁ、医者だ」

「見たところ10歳前後のように見えるが」


 アズリールは目を細めて言った。

 2人の警戒心を一身に感じながらも、スズは事も無げに答える。


「やはりそうか。なぜか見た目だけ若返ってしまったようだな」

「……どういうことだ」

「私もまだ自分の状況がよく分かっていない」


 アズリールの質問をかわすように、スズは首を傾げて見せた。

 アズリールは、ふんっと鼻を鳴らした。


「俺は……どういう症状だったのだ?」

「熱中症だ。脱水を起こしていたので、経口補水液を飲ませた」

「ケイコウホスイエキとは?」

「適切な濃度で水と食塩とブドウ糖を混ぜ合わせたものだ」


 スズが答えると、アズリールは怪訝けげんな表情を隠すことなくスズに向ける。


「通常、熱病に対しては水分と塩分の摂取が推奨されているが……」

「概ね間違ってはいない。より効率的に小腸しょうちょうで吸収させるためにブドウ糖を加えている。

 ああ、食事が摂れるようなら柑橘類を食べるといい。クエン酸で体力を回復できる」


 アズリールは、ますます眉間に皺を寄せ不審な目でスズを見遣った。


「君は……どこから来たのだ? なぜそのような知識を持っている?」


 アズリールの問いに、スズは一拍置いて答えた。


「……聞きたいか?」

「もったいぶるな」


 スズが言うと、アズリールは苛立った表情を見せる。マルヴィンは困惑した様子で、さらに眉を垂れ下げた。

 スズはひとつ笑って、答える。


「私にメリットがないなら、私の個人的なことを話す気はない。君たちが善人かどうかもわからんからな」


 そしてスズは、身を乗り出して続ける。


「ただ、私の助けになってくれると言うなら、全てを話す。

 難しいことは頼まない。当面、生活をするためのわずかな手助けが欲しい」


 スズが言うと、マルヴィンはごくりと唾を飲んだ。

 スズは出来得る限りの誠実な目を、2人に向けた。


 覚悟を決めたようにまず唇を結んだのは、マルヴィンだった。


「……アズリールの恩人だ。僕にできることなら手を貸すよ」


 マルヴィンが手を差し出す。スズはニッと笑って、マルヴィンの手を握り返した。

 諦めたように、アズリールもふんっと息を吐いた。


「……できる限りのことはする。話せ」


 スズは満足げに、ふたつ頷いた。





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