02 Dr.スズは助けたい






 男はマルヴィンといい、街から自宅へ帰る道中だったようだ。


「乗り合い馬車で帰ってたんだけど、途中がけ崩れで道が塞がってて。回り道をして歩いて帰ってきたんだ」

「馬車……」


 スズは耳を疑った。

 馬車で移動するなんて、アーミッシュ(移民当時のような自給自足の生活を送る人)でもあるまいし……と突っ込みたくなるのをこらえる。


「人を待たせてるから急がないと」

「荷物を持つのを手伝おうか」

「ははっ、君みたいな子どもにそんなこと頼めないよ」


 マルヴィンは肩をすくめて言う。やはりスズは、幼い子どものように見えるらしい。


 数分も歩くと森が開けて、小さな一軒家と工場のような建物が見えた。


「アズリール、待たせてすまなかった」


 マルヴィンが建物の中に入っていく。

 扉の上には、【コンラートの魔術具まじゅつぐ工房】と書いてあった。


(魔術具……?)


 スズは、不可思議な単語に眉根をひそめた。

 マルヴィンに続いて、スズも工房の中を覗き込む。


「アズッ!! アズリール、大丈夫か!!」


 すると、中からマルヴィンの叫び声が聞こえた。

 スズが駆け込むと工房の床に誰かが倒れており、マルヴィンが大声で揺り起こそうとしている。


「ま……マルヴィン……」

「何かあったのか!?」

「ん……」


 スズも、アズリールと呼ばれた男の傍に駆け寄った。

 床に倒れていたアズリールは、細身で背の低い若い男だった。


 見たところ外傷はなく、意識はあるが衰弱しているようだ。

 スズはアズリールに尋ねる。


「ずっとここに居たのか?」

「あぁ……きみ、は……」

「医者だ」


 工房内は何かの機械が動いているようで、室温が高くなっていた。


(発汗著明ちょめい、体温はやや上昇している……)


 アズリールの脈を取りながらスズは、マルヴィンに言う。


「すぐに涼しい場所へ運べ」

「えっ?」

「近くに病院はあるか?」

「いや、診療所までの道はがけ崩れで……」


 マルヴィンはスズの問いに答えながら、アズリールを抱え屋外へ出た。

 工房の裏手には小さな川が流れている。大きな照葉樹の木陰にアズリールを寝かせた。


「水分は飲めそうか?」

「のめ、る……」


 スズの問いに、アズリールは掠れた声で返答した。

 スズはアズリールの服を脱がせながら、マルヴィンに尋ねる。


経口補水液けいこうほすいえきはあるか?」

「な、なんだそれは……?」

「では飲み水と塩と砂糖を持ってきてくれ」


 マルヴィンは頭を掻きつつ、スズの言葉に従い家の中へと走っていった。

 スズは服を脱がし終えると、アズリールの衣服や自分の白衣を川の水に浸した。


「冷たいが我慢しろ」

「ひッ……!!」


 アズリールの身体の上で、川の水を吸った衣服を絞った。その冷たさにアズリールが声を上げ身を縮める。

 濡れた衣服を丸め、首と脇、鼠径そけい部(足の付け根)を冷やす。


「持ってきたよ!」

「ありがとう。これで身体を仰いでやれ」


 スズはマルヴィンから水と砂糖と塩を受け取り、それらが乗っていたトレーをマルヴィンに手渡した。


「水……500mlくらいはあるか。砂糖20g、塩1.5g……」

「それは、何を作ってるんだ?」


 マルヴィンは言われた通りアズリールを仰ぎながら、スズに尋ねる。


「経口補水液。体内で吸収しやすい水分だ。

 アズリールくんは熱中症で脱水を起こしている」

「な、なんでそんなことが……?」

「状況からの予測だ。高温の室内で倒れ、発汗と発熱が見られた。

 橈骨とうこつ動脈は触知しょくち可能だが微弱で、脈拍も上昇していた。脱水により血圧が低下していることが予測できる」

「な……!」


 マルヴィンはぽかんと口を開けるが、気に止めることなくスズは経口補水液作りに集中する。

 塩の瓶に入っていたスプーンは、小さじ程度の大きさだった。


(正確な計量はできない……塩分が多くなり過ぎないよう慎重に……)


 そう考えながら塩をすくった瞬間、スズの手元が乳白色の光に包まれた。


(なんだ、これは……)


 ボトルに入った水に対して、どれだけ塩と水を加えたら良いかが正確に判断できた。


 混ぜ合わせ、念のため味見をするが問題なく作れているようだ。

 マルヴィンは驚いた様子で言う。


「君は……せい魔術が使えるのか……?!」

「それが何かはわからんが、とにかくアズリール、飲め」

「ん……」


 スズはアズリールの上半身を少し起こし、頭を膝の上に乗せ経口補水液を飲ませた。

 喉元の動きから、問題なく嚥下えんげ(飲み込み)できていることを確認する。


「美味いか?」

「おい、しい」

「やはりな。脱水で間違いないようだ」


 本来、美味しいと感じるものではない。

 美味しいと感じるということは、脱水傾向にあったとみて間違いない。


「君は……何者なんだ……?」


 マルヴィンは唖然として言う。

 スズは鼻を鳴らし、フフンと偉ぶって言った。


「私は医者だ。しかも天才のな。だが迷子だ」


 マルヴィンは、返す言葉が見つからなかった。







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