【完結】Dr.スズは褒められたい

pico

第1章 迷子編

01 Dr.スズは異世界にやってきた






「スズ! とうとうこうウイルス薬の薬事やくじ申請が通ったぞ! 承認されたんだ!!」

「やっとか。良かった」


 スズ・キタザトは孤児だった。

 生後すぐに公園の植え込みに捨てられ、スズを発見した親切な夫婦が里親となった。


 スズは驚くほどに成長が早く、2歳の頃には5ヶ国語を話し、複雑な数式や分子構造を理解した。

 7歳で海外に渡る頃には高校教育の全てを理解し、当時最年少の12歳で医学部に入学。


 大学を17歳で卒業し、教授として研究を進めながら様々な診療科で医療に従事し経験を積んだ。


「スズ、世界がひっくり返るぞ。Dr.スズの名前が世界に知れ渡るんだ!」

「ありがたいことだ」


 現在は臨床医りんしょういとして働きながら、未曾有みぞうのウイルスに対する抗ウイルス薬の開発にも取り組んでいた。

 その薬の承認を伝える文書をくしゃくしゃに握って、研究室の同僚がスズにハグする。


「スズ! おめでとう!」

「君は間違いなく天才だよ!!」

「ありがとう」


 研究室で待ち構えていた同僚たちにも囲まれ、スズは満足げに笑った。


「スズ、君が医師ドクターになったのはこの世界にとって最大の幸運だ。君ならきっと何にでもなれただろうに!」

「どうして君は医師の道を選んだんだい?」


 この質問は、スズが功績を上げるたびに同僚がスズに尋ねる、お決まりの文句だった。


「なぜってそりゃ、皆に褒められたいからさ」


 スズが得意げに答えると、そのまま同僚達からの歓声とハイタッチのうずに飲まれた。

 多くの賞賛を浴び、スズは万感ばんかんの思いだった。








 そしてスズはいま、見知らぬ土地にいた。


「ここは……森か?」


 薬事認定のしらせにほっとして研究室のソファで仮眠をとっていると、大きな地震に見舞われた。


 目を開けると、スズは森の中の地面に横たわっていた。

 木々の間から、真夏のような強い日差しが差し込んでいる。


「身長が縮んでる……?」


 身体を起こすと、違和感を感じた。視界が思っているより低い。

 元々背が高い方ではないが、それにしたって腕も足も痩せっぽちで10歳前後の体型になってしまっている。

 とうとう頭がおかしくなったか。


「……人を探そう」


 ここに居ても仕方ないと、スズは立ち上がり歩き出した。

 身体が縮んだせいで白衣も服もブカブカだ。ジーンズがずり落ちないよう、ウエストの部分を握りしめる。


(ボストン……ではないのか。見たことのない植物が多い。

 照葉樹しょうようじゅが多いし、ほぼ同緯度の地のようだが……)


 注意深く周囲を観察しながら歩き進めるが、この場所がどこなのかヒントになりそうなものはない。

 

「ワンッ」

「をぁっ」


 背後から突然聞こえた犬の鳴き声。

 振り返るやいなや、スズは黒い影に押し倒された。

 ふわふわもふもふの黒い長毛の犬が、スズの身体を押し倒しべろべろとスズの顔を舐め回す。


「ココ!!」


 犬に続いて茂みの中から飛び出してきたのは、大荷物を抱えた背の高い男だった。

 赤髪の長髪を後ろでひとつに束ねている。


「ココ、離れなさい!」


 男が命じると、ココと呼ばれた黒犬は名残なごり惜しそうにスズから離れる。

 スズは腰が抜けて起きられない。


「ごめん、こんなところに人が居ると思わなくて……」

「いや……」


 男はスズに手を差し出し、スズを引き起こしてくれた。

 男の話す言葉は全く耳にしたことのない言語だったが、スズは男の言うことが理解できた。


「きみ……迷子か? 親はどうした?」

「迷子のようなものだ。ここがどこかもわからないので、助けて欲しい」

「……ついておいで」


 やや困惑した視線を向けながらも、男はスズの頼みに応じた。







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