第2話 世界を滅ぼす魔王になる
意味がわからなかった。
「馬鹿な……こんなことが……っ」
血と断末魔を口から零し、光の粒子となって徐々に消えていくダンジョンマスター。
それをありえなことが起こったというように、勝者の俺が呆然と見つめる。
彼女に負けず劣らず、俺もボロボロだ。
身体の至るところが斬り裂かれ、血を垂れ流し、骨は折れている。
死に体。
だが、勝ってしまった。世界を滅ぼすほどの魔王に。
「いやなんで勝てるのさ」
どういう原理でこうなった。
これで世界は救われたと? こんな簡単に? なら、俺が勇者に立ち塞がった意味はなんだったの? 嫌々悪役を演じた意味は? ねぇ、誰か教えてほんとお願いだからぁ。
頭を抱えて蹲る。なんか、迷子の子供にでもなった気分だった。
これで世界中からダンジョンが消えるのかなぁ? ほんとに? 嘘でしょ。
混乱。狼狽。錯乱。混濁。
頭の中はぐちゃぐちゃで、なにをしていいのかわからなくなっていた。
――だから、反応が遅れた。
「――」
倒れ伏していたダンジョンマスターがパァンッと弾けて光の粒子となって散っていく。
顔を上げた俺は、それを呆然と見ていたのだが、……なんだか蛍のように俺目掛けて集まってくる。
「……え。なに?」
思考の死んだ俺に、真っ当な判断なんてできず、ただただ眺めているしかなかった。
俺が呆けている間も淡い光は俺の身体に集まり続ける。
そしてその光が寄り合い、胸の中心で大きな光になった瞬間、
「……ッ」
焼けるような痛みを覚えて喉が引き攣った。
「……な、んだ?」
胸を押さえる。
まるで火で熱せられた鉄の塊を押し付けられたかのようだ。
あまりの痛みに我慢できず、胸元の服に皺ができるほどに握りしめて――硬いなにかに触れる。
しこりにしては固く、大きすぎるそれ。
痛みに耐えながら、震える指先で上着を脱ぎ、シャツのボタンを外していく。胸元を開く。
「これ、は……!」
そこには、ブルーサファイアのごとき星光を放つダンジョンコアがあった。
最初から胸の間に埋め込まれていたように、周囲の肌に傷一つなく輝いている。
「どういうことだ……」
「――危うく死にところだったわ」
瞠目し、零した俺の言葉。
それに返したわけではないだろうが、返事のように女性の声が響いた。
「まさか、こちらの世界の人間がこれほどまでに強いとは予想外だった。
油断があったとはいえ、やるではないか」
「どうして……」
驚愕する俺の前には、先程倒したはずの婉然とした銀髪の女性――ダンジョンマスターが鬱陶しそうに髪を払っていた。
その美しい身体には傷一つなく、服にも血の痕一つもない。
殺せて……いなかった?
目を剥く俺に、ダンジョンマスターはツカツカと小気味良いヒールの音を立てながら近寄ってくる。
脱力し、前のめりになった身体を両腕で支える俺を、見下ろすほどに近付くと、腰を折り曲げてズイッと顔を寄せてくる。
こんな時だというのに、整ったその容姿に、深く溺れてしまいそうな青い瞳に、心臓が高鳴ってしまう。
折れそうなほどに細い人差し指を立てたダンジョンマスターは、俺の胸の中心、ブルーサファイアのダンジョンコアに触れる。
「お前にダンジョンコア《核》を宿した」
「……ッ!?」
息を飲む。まさか、そんなことが。
驚愕する俺に考える暇を与えず、ダンジョンマスターは言う。
「貴様が死なない限り、私は死なない。
故に、ダンジョンは消えず、いずれ世界を飲み干す」
そんな、馬鹿な。
それでは、俺がダンジョンマスターに、世界を滅ぼす魔王そのものになってしまったようではないか。
ふざけるな。心の奥底で烈火の如き怒りが沸き立つ。
同時に死なない限りという彼女の言葉に希望を抱き、腰のホルスターに手を伸ばし銃を抜く。
そして、そのまま銃口を心臓に合わせて引き金を引こうとしたが、崖の上で背を押されたように、絶望へと堕ちる。
魔王が嗤う。
「ふふ。
死ねないだろう?
ダンジョンマスターになった者には、自死できない呪い……ロックがかかる。
お前は死ぬことも、私を殺すこともできはしない。
誰かに殺してもらおうとしても無駄だぞ?
お前の身体はオートで相手を迎撃する。
ふふふふ。喜べ。
――正真正銘、お前は世界の敵、魔王になった」
彼女の言葉が毒のように脳に染み込んでいく。
なんだ、それは。
俺は生きているだけで世界を滅ぼすというのに。
死ぬこともできず、この女も殺せず。
誰かに殺してもらうしかないというのに、俺は攻撃してきた相手を意志とは関係なく殺そうとしてしまう。
元々、前の時から俺は強かった。それこそ、相手が人間であれば成長した勇者にしか負けないぐらいに。
だというのに、そんな俺にダンジョンマスターの力まで加わって、一体誰が殺してくれるというのか?
天を仰ぐ。
瞳に映るのは、どこまでも続く宇宙の暗闇。希望は……なかった。
「なに、そう絶望に堕ちるな。
世界が滅びるなどよくあることだ」
首を緩慢に動かし彼女を見ると、大仰に両腕を広げて、抱きしめるように、高らかに宣言する。
「――さぁ、共にこの世界を侵略しようではないか!」
これは、世界を救うために悪役となり、勇者に立ち塞がった俺が世界を救うため、
って……
納得、できるか――――――――――――――――ッ!!!!!!!
ダンジョンに侵略される現代世界を救うため、悪役として勇者に立ち塞がり満足して死んだのに、なぜか過去に戻って銀髪美女に取り憑かれて世界を滅ぼす魔王になってしまう。 ななよ廻る @nanayoMeguru
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