ダンジョンに侵略される現代世界を救うため、悪役として勇者に立ち塞がり満足して死んだのに、なぜか過去に戻って銀髪美女に取り憑かれて世界を滅ぼす魔王になってしまう。

ななよ廻る

第1話 勇者の踏み台になった悪役、魔王に勝ってしまう。

 生前、俺は悪役だった。


「このままダンジョンを放置すれば世界は滅んでしまうのに、

 どうして邪魔をするの!?」

「笑わせるな、勇者。

 俺程度に勝てないような弱者が、世界を救えるとでも騙るのか?」


 地球全土を侵略し続ける正体不明のダンジョンを食い止めるため、仲間と共に戦う勇者の前に幾度となく立ち塞がり、倒し、膝を付かせ、ボロボロに涙を零すまで叩き潰した。

 ――全ては、世界を救える勇者に成長させるために。


 そして、数えるのもバカらしいほど繰り返した衝突の末、迎えた最後のダンジョン。


「ヴィラン、あなたは……?」

「……勇歌ゆうかなら、世界を救えるさ」

 驚愕に目を剥くただの少女のような勇者。

 心臓に聖剣を突き立てられた俺は、どうして負けたのかも判然としないままに、その光と強さに満足した。


 あぁ、きっともう大丈夫だ……。

 勇者に立ちはだかり、踏み台になって消えていくただの悪役。

 歴史に名を残すことはなく、ただ汚名ばかりが名に刻まれていく。

 けれど、俺は己の役割に、迎えた結果に満足し、笑って死を受け入れた。


 ――はずだった。



 ■■


「もう一回悪役は無理だー!?」

 なぜだ、なんで、どうして、意味がわからない。

 誰か説明して。果たせよ、説明責任。責任者出てこーい!


 勇者によって死を迎えたはずのは俺は、どういうわけか3年前、勇者に立ちはだかる前に住んでいたマンションの自室に居た。

 毛布を被って、ベッドの上で寝ている。

 目を覚ませとピピピッと鳴り続ける目覚ましの電子音が懐かしい。


「もしかして、全部夢だった……?」

 いやいやそんなまさか。

 人生は胡蝶の夢。

 蝶が見た一瞬の夢のように儚いものだ、なんて。

 悪役となる決意も、勇者に立ちはだかる苦悩も、全てが夢幻だったなんて、認められるはずがない。


 ベッドから身体を起こす。

 けたたましく鳴り続ける目覚ましを叩いて止める。手に取る。

 デジタル文字で表示された日付は3月の末。時刻は7時01分58秒。

 そして、西暦は間違いなく3年前で。

 認識した瞬間、目眩を覚えて再びベッドにボフリッと倒れ込む。


 理由は全くもってわからない。理解不能。証明不能。

 考えるのすら億劫になり、頭痛ばかりが酷くなる。


 ただ、目の前に突きつけられた事実だけは変えようのない現実で。

 否定しようにも、勇者に聖剣で刺し貫かれたはずの心臓が、ドクンドクンッと力強く脈打っていて、自分が死んでいることを証明できない。


 タイムトラベル?

 いや、どちらかと言えばタイムリープか?

 ファンタジーが本物となった地球で、古き良きSFを語るのも失笑ものなのだが。

 いや、そんなことはどうでもよくってだな。


 事実だけを列挙しよう。

 今この瞬間は最後の戦いから3年前で。

 俺は死んでおらず。

 勇者は成長しておらず。

 そして――未だ世界はダンジョンの侵略によって、遠くない未来滅びを迎えようとしている、と。


 強くてニューゲーム二度目の悪役

 ……はんっ。



「――ふっ………………………………ッッッざけんなこんちくしょぉぉおおおおぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!」



 もう一度悪役やって、耐えられると思うなよ。心が死ぬ。



 ■■


 自暴自棄だった。

 正直、なにも考えていなかった。

 けど、もう一度勇者に立ち塞がる悪役を演じるぐらいならと、俺はまだ顕現していない、世界中から認識すらされていなかった最終ダンジョンに一人乗り込んだ。


 自殺と変わらない。

 もう一度悪役になるほど俺の心は強くなくって。

 だからといって、なにもしなければ世界が滅亡するのを黙って見ていられるほど、やっぱり心は強くない。

 だからこれは勇気ではなく、蛮勇でもない。

 意味も、意義もなく、これから起こる絶望を目にしたくないと、顔を覆ってやり過ごそうとする子供と変わらない。


 幸か不幸か。

 俺の能力や技量は3年後、勇者と戦った当時のままだった。

 世界を滅亡させるほどに強大なダンジョンマスター魔王を倒せる可能性を持つ勇者。

 そんな彼女と戦いになる程度には、強かった俺。

 正しく、強くてニューゲーム。


 迫りくる這う竜を蹴散らしながら、「……はっ」と笑う。

 意味のなさに。この程度でダンジョンマスターに勝てるなら、悪役なんて柄でもない真似をして、勇者を成長させようなんてしなかった。

 いくらゲームクリアまで育て上げたキャラクターだからといって、もう一度やり直したところで負けイベントは負けイベントのまま。

 だって、負けるのは最初から決まっているのだから、どんなに強くても関係ないのだから。



 ■■


 最奥。ダンジョンマスターのいる部屋。

 ダンジョン内だというのに、宇宙のように暗闇が広がり、果てなくどこまでも広がっていく。

 その中心では、ブルーサファイアのごときダンジョンコアが宇宙ソラで瞬く唯一の星のように光輝いていた。


 床なんてないのに、一歩踏み出し歩く。硬い感触。ダンジョンコアに近付く。

 すると、ダンジョンコアは暗闇を青海のように深く、淡く輝かせるほどにより強い星光を放つ。

 そのあまりの眩さに、俺は薄く目を閉じる。


 瞼で閉じた瞳すら焼く星光が収まった時、目を開けるとそこには女が立っていた。


「――ふふっ。

 我を眠りから起こすとは、よい度胸であるな? 小僧」


 銀の長髪に、真っ黒なドレスをまとった、婉然えんぜんとした美女。

 そのドレスは宇宙ソラを織ったかのように深い黒が溶け込んでおり、極小の星々が粒子のように散り、煌めいていた。


「――」

 言葉を失う。

 かつて、俺が行き着いたのは最終ダンジョンの前まで。その入口。

 故にダンジョン内に乗り込んだのは初めてで、ダンジョンマスター魔王の正体が女だなんてことは知らなかった。


 ただ、所詮形なんてモノはダンジョンコアが行動し易いように選び取ったに過ぎず、意味はない。これまでのダンジョンで相対したダンジョンマスターは、無形のスライムだったり、巨躯を誇る巨人だったり、荘厳な威圧を放つ竜でもあった。


 だから、人の形に意味はなく、女だからといって手心を加える理由も、躊躇する理由もないのだが……。

「――……綺麗だ」

 知らず、口についていた。

 見惚れるというのは、こういうことを言うのかもしれない。

 それほどまでに、俺の目の前に現れたダンジョンマスター《魔王》は美しかった。

 その麗しさ故に、世界を滅ぼすと言われれば、信じてしまいそうなほどに。


「……ん?

 ふふ。おかしな侵入者だ。

 敵を前にしてそのようなことを惚気けるとはな」

 青い薔薇のような唇に、曲げた人差し指を添えおかしそうに笑う。


 確かにおかしな奴だ。

 俺もそう思う。

 その笑う姿すら可憐だと感じてしまっているのだから、いよいよ末期だった。

 まさか魅了系統の能力でもあるのか?

 そう思ったが、彼女の反応から見るに、そんなモノを使っている様子はなかった。

 ダンジョンマスターは素で見目麗しく、俺は素で見惚れてしまっている。


 これから戦うっていうのに、俺は一体なにを考えているんだ……。

 しかも、自殺願望を持ちながら。いよいよ狂ったかと思わずにはいられなかった。


 どこぞの令嬢のように、口元を隠して上品に笑っていたダンジョンマスターは、頬をニィッと大きく吊り上げる。

 残虐性を秘めた、凶悪な嗤い。


「興が乗った。

 ダンジョン内のモンスターで適当に押し潰してやろうと思ったが、

 我が手づから殺してやろう。

 喜べ。お前が見惚れるほどの美しき我に、殺されるのだからな」

「……そりゃ、ありがたいな」

 自嘲するように笑う。


 実際、その言葉に嘘はない。

 どうせ勝てないのはわかりきっている。

 これから俺は死ぬ。結果は変わらない。

 それならば、人生で初めて綺麗だと感じた女性に殺されるというのは、悪くない終わりな気がした。


 自殺の介錯をしてくれるというなら甘んじて受け入れよう。

 ただ、相手は世界を滅ぼそうとするダンジョンマスター魔王だ。

 なら、世界のため、少しでも抗ってみせようではないか。

 たとえ、俺が悪役を演じず、世界が滅びを迎えるとしても。

 1分1秒、世界の寿命が伸びるというのならば、戦う意味があった。


「だが、そう簡単に殺せると思うなよ?」

 二度目の死。

 一度経験しているからこそ、その恐ろしさは実感と共に身体を恐怖で震わせる。

 それでも俺は震える膝を叩き、牙を剥き出しにして嗤う。


「お前が魔王なら、俺は勇者に最後まで立ちはだかった悪役。

 しつこさだけは、勇者も認める折り紙付きだ」


 また悪役をやるよりもマシだと、俺は世界を滅ぼすダンジョンマスター魔王に挑み――




 ――勝ってしまった。

 なんでさ。

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