輿入れ
憂鬱な事柄が待ち受けていると、時が進むのが早いというが、
「アマリ様。おめでとうございます」
「尊巫女様。誠に有難うございます……!!」
『
いつも世話をしてくれる侍女は、少し複雑そうな眼差しで彼女を見つつも、普段通りの態度で接していた。
――もう、何も考えない。考えられない。考えたくない…… これが、私の生きる理由、運命、宿命……
自身に呪文をかけるように、何度も何度も、同じ言葉を繰り返し、言い聞かせる。
この数年、年替わりに天変地異を始め、疫病の蔓延、火災、飢饉、治安の悪化という様々な災厄が、人族の地を襲っている。原因はともかく、恐怖と絶望に陥った人々が、何かの救いを求めたがるのは無理も無いと思った。
自分がその元凶の一つを少しでも鎮められるのなら、これが自分の役目で存在意義なのだ……と、自身に改めてアマリは
拒否した時の彼らを想像すると、罪悪感で痛ましくもなる。自分の命や人生の事など、少しでも気にしたら、自身の
そして、初めての『仕事』の依頼者……相手は、両親だった。一番
瞬く間に、いよいよ明日が『輿入れ』の夜となった。さすがに前夜は、処刑を待つような心境になるだろうと予測していたが、心身共に疲れ切っていたアマリは、無気力……虚脱に陥っている。
この離れに連れて来られてから、一人で夜を過ごすのは当たり前だった。寂しさと心細さで泣いても、来てくれる者は誰もいない。時に、悪夢による恐怖で助けを呼んでも『騒がしい。眠れない』と、咎められた。
舞などの
――妖厄神
――あ……だけど彼にとって、私は毒なのよね…… 本来なら、夫になる立場の方に奇襲するなんて……嫌われてしまうわね……
翌日。ほとんど眠れなかったアマリは、朝から始まった『輿入れ』の支度にも、されるがままだった。まずは
この役目を代々任されてきた侍女達によって全て行われ、慣れた手つきで、彼女達は順序良く事を進めていく。仕上げに白無垢……花嫁衣装を
――……私……死ぬのよね……? これから……
出来上がりを
相手が神族とはいえ、いつかは花嫁衣装を着るという未来は憧れだったが、上質な白無垢も丁寧に施された化粧も、今となっては
それなのに……と、ぼんやりした脳内の中が、改めて空虚感で埋まる。が、今更な事だ……とも同時に思う。今までずっと、当たり前のように当人の意思や疑問は無視され、あらゆる事柄が進められていった。止める
全て始めから、見知らぬ
宵の
自分達の為に、あえて
皆、この婚姻は尊巫女が厄神の贄となり、忌まわしい力を抑える為の儀式であり、『花嫁の死』によって終わると知っていた。昼間の明るい青天の下ではなく、宵闇に紛れながら目立たず婚儀を行う理由も、暗に了解しているので誰も不平不満を言わない。
屋敷全体の入口である、立派な門構えの近くに、一人用の
門から少し離れた場所を取り囲むように、人族の民が傍観する中、侍女に付き添われた白無垢姿のアマリが現れた。暗がりの中、綿帽子を深めに被り、目を伏せている彼女の表情は見えない。それでも全身から放つ、清楚で雅やかな気は隠せないでいる。
そんな
「尊巫女様。こちらへ」
従者の一人が、アマリに
純白の花嫁を乗せた駕篭は、そのまま屈強な従者二人にようやっと担がれ、雪舞う道へ進み、やがて闇夜に消え入った。
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