壱.両極の能
アマリ
生物というもの……特に
そして、比較的軽い不運が遭った時、遭いたくない時に、古来から言われる決まり文句がある。
『ついてなかったな。疫病神が来た』
『厄日だから、結納は避けなさい』
どこの国でも、世でも、それは……――変わらない。
「あ…… 雪……?」
今年の初雪だ。ひらり、ゆらり、と舞いながら、白く小さな羽根のように、儚く降りて来る。足下の砂利がぶつかり合い、耳障りに鳴るのも構わず、少女は
美しいけれど、決して掴めない。そんな事実はとっくに知ってはいるけれど、それでも手に取りたくなるのは、十八歳の若さ故の好奇心だろうか。
「アマリ様? 参拝の方……お客様がいらっしゃいましたよ」
「申し訳ございません。今、参ります」
初雪と無邪気に戯れる少女は消え、しゃん、と背筋を伸ばし、凛とした面持ちの
彼女――アマリは、
陽光が当たると
見目麗しいというよりは楚々とした素朴な顔立ちではあるが、
「奥様。本日は、いかがなさいました?」
落ち着きある
厳かというよりは温もりと
純白と朱の巫女装束に、京紫の羽衣を纏う出で立ちは、正に高貴な生まれの神職者と言った印象だ。彼女の実家が司る、この
彼女の面談式の『
今日の参拝――依頼者は、人族の都の重職に就く男の奥方だ。見合い……政略婚だったが運良く良縁で、仲睦まじい夫婦だったらしい。しかし、年月が経つにつれ、熱も情も次第に冷め、衝突が増えた。思い悩んだ末、遂に体調を崩したのだという。
「やはり、主人と上手くゆかず…… 何を聞いてもあの方が理解し
「……お嫌いになられたのでございますか?」
ずっと固くなっていた身体が震え、はっ、としたような表情になり、俯いて夫人は静かに首を振った。
「お見受けしたところ、ご主人様の嫌な面ばかり気に障るのでは……?」
「アマリ様。
少し荒立てた素振りで問う夫人を、アマリは変わらず穏やかな態度を崩さず、静かな声色で続ける。
「いいえ。誰しも
ぴくり、と
素朴な淡い
「
可憐な亜麻の花を手にした夫人は黙り込み、泣き出しそうな面持ちになった。微かに肩が震えている。夫の事をまだ好いているのだろう。だからこそ、仲違いをしては悩み、苦しむのだと考えた。
そんな彼女の心情を
アマリが召喚した花は、花言葉の意味が具現化する力――『花能』に変わり、術者が念じた相手の心深くに授かる異能だった。
「落ち着かれましたら、今一度、ご主人様と今のお気持ちを話してみて下さい。
「アマリ様……‼ ありがとうございます‼」
両手を合わせながら
「アマリ様。大丈夫ですか」
「問題ありません。いつもの事です。少し疲れただけですよ」
彼女の異能は、自身の生気を利用し、その力を変換することで発揮される。故に、施しを受ける者は限られている。その事は侍女も承知だった。複雑そうに微笑み、労るように言う。
「……亜麻の花、美しゅうございました。こんな季節に見られるのも、アマリ様のおかげでございます」
亜麻は春夏の花だ。紅葉の見頃が終わったばかりの、今の時期には咲かない。
「そう言えば、アマリ様のお名の由来でもございますね。目のお色と合わせて『亜麻璃』……素敵です」
「ありがとう」
微笑を浮かべ、丁寧に会釈する。いつか両親にその事は聞いた時は、アマリも嬉しかった。だが、その名には隠された裏の意味がある。その事を下女の噂話で知ってしまった時の、裏切られたような絶望感は忘れられない。
侍女が「お茶をお
「……『殿方と婚姻する』って、どんな感じなの……?」
先達者のように説いてはいるが、依頼者の悩みを、アマリが実際に経験した事は無い。相手の心情を感知し、それに合わせた力を授けるという、全て異能ありきなのだ。
どんな形であれ自分には縁の無い、得られない事柄だと言う事は、はっきり判っていた。この
そんな未来が、時折、何とも言えない無力感、やるせなさを覚えさせる。
「アマリ様。一刻程後、次のお客様がいらっしゃいますので、ご一服下さいませ」
施しが終わった後、毎回耳にする侍女の同じ言葉。変わらない仕組み。そんな状況でも、今まで通りの一日が繰り返されている。何事もなかったように。これからも無いかのように。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます