第十章―――出会い―――



 静かな森の中に剣と剣がぶつかる音が響き渡る


 先ほどまでの川のせせらぎと木々が風で震える音とは大違いだ


「何やってる音だろう?」


 キイィン、キィン!と森中に木霊している


「早くここ抜け出さないと!さっきから同じとこ歩かされてるけど、なんか音が聞こえはじめてから道が変わった気がする!たぶんあっちに行けば何かわかるはずだよね」


 自分を鼓舞するために大きな声で言い聞かせる


 そうしないと、このひとりの空間は私には大きすぎる


 大きすぎて、存在が消えてしまいそう


 早く、会いたい、会いたい、会いたい!


 紅玉!!曇嵐さん!


「なんか嫌な予感する。武器になりそうなもの、ないかな?」


 歩いてるうちに、一本の枝を見つけた


 そっと握るとすっと手に馴染む


 重さも太さも竹刀に似てるんだ

 これだったら私にも扱える

 何かあっても大丈夫なように

 自分のことくらい、自分で守る!


 明凜は木の枝を一旦地面に下ろし、スカートを引き裂いた


 可愛らしいひらひらしたマゼンダピンクのスカートは右太ももから見事に縦に引き裂かれ、右脚が露になった

引き裂かれた布を左に結び丈を短くした


「これで動けるね。さーてと、行きますか!」


 再び枝を握りしめ、音のする方向へ歩き進む


 ちょっと体ならしに素振りでもしておこうか

 ビュン、ビュンッと枝を縦に振り下ろし風を切る


「おーい、おーい、誰かいませんか~?」


 大声を張り上げ素振りしながら前へ進んでいく



 


「さすが朱雀の花嫁だね。向こうの音に気づけたんだ!」


 今まで誰もいなかったのに、急に明凜の耳元で声が聞こえた



「え……」


 そっと背後から両肩を掴まれている


 全身の毛穴から汗が吹き出る

急に熱くなる体は明凜に警告を与えている


 本能的に強い相手だと瞬時に察知する


 剣道の大会でもこのような感覚に陥ることがある

 相手の目、佇まい、動作、挨拶を交わすだけで敵わないと察することがあった


 でも……これは、目を合わさなくても


 強い


 どうする、にげる?

 そんな暇ない……

 きっと逃げる動作を起こそうとしただけで私は殺されるだろう


 それならば


「……これはあなたの仕業?」


 ゆっくりと息を落ち着かせるように穏やかな声で明凜の肩を掴む主に問いかけた


「はは。逃げないんだ。度胸あるなぁ!」


 そう言うと手を離した


 明凜の目の前に現れたのは明凜と同い年くらいの少女だった


 柔らかそうな細い毛の金髪、ふわふわな髪はボブカットで切り揃えられている

 瞳は吸い込まれそうなスカイブルー、愛らしい薄めの唇はかすかに微笑んでいる



「おん、なの子……?」


 中世ヨーロッパの絵本から飛び出してきたような少女は見とれるほどの美しさだ


洋風な顔立ちに、この世界特有の中華衣装はミスマッチだが、彼女は見事に着こなしている


 藍色の詰め襟に黒の細いボトムスを履いている

 胸にある大きなピンクサファイアのブローチが輝く


「君もサーシャに劣らず、可愛いね」


「サーシャ……?」


 少女は自分を指差す


「君の目の前に立ってるだろ」


「サーシャちゃんっていうんだ」


「……ちゃんはいらないな、気持ち悪い。

 それにのんびりおしゃべりしてる場合じゃないんじゃない?」


 そうだった

 相手は強豪

 おそらく何かしらの能力があるはず


 少し後退りした

 間合いを取りたい


「サーシャから話しかけてきたんでしょ」


 枝を握りしめる

 手の汗で滑らないように何度もぎゅっと握り返す


「面白いなあ!そんなに怖がってるのに言い返すんだ!……ねぇサーシャは名乗ったよ。君は?」


「明凜……」


「明凜かぁ。名前も可愛いね!サーシャ可愛いものと綺麗なものが大好きなんだ。やっぱり殺すのは勿体ないから連れて帰ろうかなぁ。硝子の檻に入れてさ!ずっと眺めていられるよ」


「綺麗な顔して悪趣味だね。人間をペットみたいに」


 睨み付ける


「おぉ、こっわー!ああ、怒った顔も好きだなぁ。

 ……でもねぇ、サーシャが一番好きな顔はね」


 腰から短剣を取り出す


「死ぬ間際の苦痛に歪んだ顔」


 ピンと空気が張りつめた


 明凜の取った間合いはすぐに詰められる

刃先は喉元へ当てられていた


「っ……」


「熱いだろ?切られてもさぁ、痛みより先に熱さがくるんだよ。こんなちょぴっと刃をつけてるだけなのに、身体中熱いよねぇ。身体の奥から震えるよねぇ。

 でも怯えなくても大丈夫だよ。すぐに殺したりはしない、こんなに気に入った玩具オモチャ簡単に手放したくはないもの。」


 喉元へ刃を突き立てたままサーシャに押し倒された

 持っていた枝はカランと明凜の手から離れてしまった

 

「痛!」


「あぁ……ごめんごめん、ちょっと傷つけちゃったね。喉はやめておこう、間違って奥まで刺したら死んじゃう。肩にしようっと。」


 無邪気な表情で喉元から左肩へと刃先を動かした


「……サーシャ、誰かに痛めつけられること、あった?」


 痛みに対しての感情表現が鮮明なのが気になった

 まるで自分が体験したかのような……

 それにこんなに楽しそうに殺しをするなんて、よっぽどの環境じゃなければ……自分を保ってなんていられないはずだ


 明凜の一言でサーシャの顔色はみるみる白くなっていった


「……う、うるさい」


 手元が緩んだ


 明凜はその隙を逃さずサーシャの手首を掴む


「!サーシャより弱いくせに!バカな真似するな!」


ものすごい力で明凜の手は振りほどかれてしまった


「許さない!サーシャのこと侮辱したな!」


 短剣は明凜の喉元めがけて振り下ろされた……


 

 

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月の雫 茉莉花 @mana05

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