第九章――迷い――



 森の中は川のほとりよりだいぶ暗くなっていた

あと30分もしたら帰れなくなるかもしれない

 ふと上空を見上げると、満月のようだ

 うっすらと丸い形が空へ昇っている

「早く見つけなきゃ……」


 みんなといる時には気がつかなかったが、鳥の鳴き声や獣のような唸り声もかすかに聞こえるような……


「もー!曇嵐さーーん!早く出てきてよ~!」

 

返事はなく、あたりはしんと静まり返っている

 踵を返そうと、もと来た道へ振り返るが……


「道がない……?」


 どういうわけか今まで歩いてきた山道がなくなっているのだ

 背の高い木が鬱蒼と生え、日の光が遮られている


「どうしよう。帰れない。」


 呆然と木々を見つめる

 何度かゴシゴシと目を擦ってみるが道は現れなかった

 しばらく考えていたが、このままここにいても先に進まないと判断したのか、明凜はズンズンと森の奥へ入っていった



 ――一方、曇嵐はというと……―――


「あーーん!どうなってるのよ!ここぉ!」


 明凜と同じように森の中で迷っていた


「ぜんっぜん川辺に出ないんだけど!何なの!」

 おかしい、呪符で結界が張られている気もしないし

 妖しの気配もしないわ

 結界が見つけられないなんて、よっぽどの手練れの仕業か……


 大抵、このような異空間へ彷徨う場合、結界が張られていたり、異空間と現在の綻びの空間があるはずなのだけれど、それすらも見当たらない――


「まあ明凜は紅玉の側にいるから安心だと思うけど。

 どのくらい時間が経ってるのかしら。同じ景色ばかりで感覚が麻痺してくるわ。」


ふと、背後に気配がする


「誰?!」


 腰に身に付けている剣に手を添え、勢いよく振り返った


「おっと、威勢がいいな。」 


 目の前には、黒髪、切れ長の紅い瞳の見慣れている男が立っている


「紅玉!!来てくれたの?!」


 目をうるうるしながら紅玉に飛びついた


「まぁな。どこで油売ってるのかと思って心配して来てみたら迷ってたのか。道は探してあるから、一緒に行こう。」


「うん、うん!」


 紅玉の後ろについて森の中を進んでいく


「あー、良かった!もうアタシだけじゃ、お手上げかと思ったわよぅ。ねぇ、そういえば明凜は?一緒じゃないの?」


 ピクッと紅玉の眉が動いた


「明凜が……前の世界に帰りたいと泣きわめいてな……。帰らせることにしたんだ。」


「え?!そんな急に?!」


「あぁ。気が変わったんだと。」

 切なそうな顔を見せる

 今にも泣き出してしまうのではないかという程に紅玉は憔悴しきっている


「で、その明凜は?帰る方法なんてあるの?」


「もう、いいだろ。それより、公務も離れたんだ。俺も朱雀様をやるのに疲れた。朧蓮に任せて、この森で二人で暮らさないか?お前は料理も美味しいし、話をしても楽しい。ずっと二人でいよう。」


「紅玉……?」


 紅玉の喉元を見ると、小さな呪符が貼られている

そんなもの、元からついていたであろうか?


ザシュ!!


 雲嵐は紅玉を肩から斜めに斬りつけていた


「なん、で……?雲嵐?」


 グニャリと紅玉の体が崩れる


「何年一緒にいると思ってるのよ!あんた紅玉じゃないわ!騙す相手を間違えたようね!」


「あーあ。まさか見破られるとはね。さすが雲嵐さん。」


 紅玉の姿が崩れた地面から明凜が現れた


「明凜?!どういうこと」


 さすがの雲嵐も動揺を隠しきれない


 まさかこの世界に現れた時から妖しだった?

そんなはずない……

 あんなに一緒に過ごして妖しの気配すら感じないなんて。第一紅玉の目は誤魔化せない



「なーんか、色々考えてるみたいだけど?あのまま騙されてくれたら助かったんだけど、そうもいかなかったから、死んでもらうね。」

 

 手のひらから長い剣を生み出し、雲嵐に向かって斬りかかる!

 剣は雲嵐の頬をかすめ、一筋の傷痕ができた

 血がゆっくりと頬をつたう


「よくもアタシの綺麗な顔に傷つけてくれたわね。」

 血を拳で拭きながら、ニヤリと微笑む

 眼は殺気だって、ビリビリと周りの空気が張り詰める


「次は外さないから!」


 明凜は再び斬りかかる!

 


 

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