第八章――道中と|草苺《ツァオメイ》――


 早馬で二日程走っただろうか

 平坦な道は心地よく馬に乗っていても楽しいが、急勾配な山道は乗りなれない明凜の体力を奪っていく


 馬に乗れない明凜は紅玉の白毛馬に乗せてもらっていた

 明凜を前に乗せ、両腕で包むように紅玉は手綱を握っている

「明凜、顔色が良くないが…」 


「あ……えと、大丈夫!全然平気!」

 早く着かなきゃ行けないから、揺れが凄くて気持ち悪いけど、そんなこと言ってられないよね。


 紅玉に向かって必死に笑顔を作った


「私体力には自信があるんだよ!剣道部では毎日走り込みしたり筋トレしてたし!うん、うん!大丈夫。」


「けんどう、武?きんとれ……? 明凜の世界の言葉はよくわからないが鍛練してたということか。

 曇嵐!少し休もう!」


 後ろを振り向き手振りで合図する

曇嵐は速度を落とし、立ち止まった


 紅玉には見抜かれていた

 きっと曇嵐にもわかっていたであろう


 ブルル、ヒヒン


 川のほとりで白毛馬と赤毛馬に水をあげる


「可愛いなあー。いっぱい飲んでね。」


 明凜は澄んだ川の水を飲む馬達の睫毛や黒くて潤んだ瞳を覗きながらたてがみをなでている


「ほら、明凜。これ食べてみなさい。美味しいわよぉ」


 曇嵐が赤い実を差し出してきた


「上流付近の冷た~い水で冷やしたから、気分も良くなるわ」


 葉っぱの上に赤くて瑞々しい果実が乗っている


「美味しそう~」


「これは草苺ツァオメイ甘酸っぱくて美味しいわよ」


 一粒口に入れると、ほんのり酸っぱくて甘い

 苺とほとんど同じ味わいだ


「ん~!美味しい!生き返る~!」


「でしょ。ここら辺にたくさん生えてたから食べ放題よ。」


「やった~!あれ?そういえば紅玉は?」


「あら?さっきまでそこらへんにいたんだけど。……あ!いたいた!紅玉ー!」


 紅玉は木のそばでなにやら後ろを向いてゴソゴソしていた 


 何事もなかったかのようにクルっと振り返り、二人のところへ戻ってきた

 

「明凜、体調は良くなったか?顔色も戻ってきたようだな。」


「うん。少し休んだらだいぶ。曇嵐さんがね、ほら草苺持ってきてくれたんだよ。紅玉も食べる?」


「えっと、た……食べさせてくれないか?」


「え?どしたの?」

普段の紅玉から発せられた言葉とは信じられず、訝しげな顔を見せる明凜


 紅玉は、食べさせやすいように少し腰を落として、明凜の目線に合わせてきた


 曇嵐はピンときたのか、紅玉にバレないよう即座に紅玉の後ろに視線を向ける

ニヤニヤしている


「はい、どーぞ。」


 照れながらも一粒口に入れてあげる


「うん、うまいな。」


「なにが、うん、うまいな。よ!」


 曇嵐が紅玉の後ろに回している手首をガシッと掴む


「痛って!この馬鹿力め!曇嵐!離さないか!」


「じゃあこれ、明凜に見せなさいよ。」


 全てお見通しか、という諦めの境地の表情を浮かべ、観念した紅玉は両手を差し出す


 明凜の目の前には、たくさんの草苺と可愛らしいピンク色の花が現れる


「これは、桃の花?」


「そうだ。たまたま草苺の近くに咲いてたから、一輪いただいてきたまでだ。」


「ありがとう。綺麗だね。」


 桃の花を手に取り、香りをかぐ


「いい香り」


「花はこうやって使うんだ。」


 明凜から桃の花を取り、右耳の髪に挿した


「花の髪飾りだね。」


 嬉しそうに紅玉を見つめ、可愛いらしい笑顔をみせる

 明凜の黒髪に桃の花がより一層映える

そして……

「紅玉、あたしの分は?」


 キラキラした瞳で紅玉のとなりに立つ190センチ越えの大男がこちらを見ている


「……すまん。ない。」



 


「ひどーーーい!あたしだって乙女なのにぃぃー!自分で採ってきてやるんだからぁ!!」


 涙を浮かべながら、森の中へ走り去る

 肩に木の枝があたるが、持ち前の筋肉でいとも簡単に枝はバキバキと折れていく

 曇嵐の姿が小さくなるまでその音は響き渡った――


「拗ねて遠くに行っちゃったね……。」


「あいつのことだ。放っておけ。しばらくしたらご機嫌に戻ってくるさ。

 それより、体調が良くなかったらすぐ報告しろ。明凜の世界とここは勝手が違うのは承知の上で連れてきている。少しでも辛いのなら、なんとかしてやりたい。」


「ありがと、そしたら少し横にならせて貰うね。」


 紅玉の優しさに甘えて眠ることにした

 

 一時間程経っただろうか

辺りは少しずつ暗くなりはじめていた

ふと目覚めると紅玉の整った顔が目の前にあった

すぅすぅと寝息をたてて眠っている

 どうやら二人して眠ってしまっていたらしい


「紅玉、疲れて寝ちゃったんだ。」

 起こさないようゆっくり起き上がる

 明凜のために下に敷いてくれた布を、紅玉のお腹へかけた

「お腹冷えると風邪引くからね。さてと!曇嵐さんはまだ森の中かな?」


辺りを見回しても彼の、もとい、彼女の姿はなかった

 薄暗くなってきたので、あまり紅玉の側を離れるのは良くないとはわかっていたが、涙を流して走り去る曇嵐が心配になったのだ


「曇嵐さーん、どこいっちゃったのー?」


 明凜は一人森の中へ入っていった


 

 



 


  

 



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