盗賊頭

ばらん

盗賊頭

0.


透き通る爽やかな青空に、下卑た笑い声がこだましていた。


「っヒァアーーーッ!

早く暴れてぇぜ!

お前もそうだろ? ヘッド!」


くすんだ金髪の髪を後ろで雑にまとめ、使い込んだジャケットを着た男——————ヴァイオスが、

隣を歩く赤髪で無精髭を生やした気怠げな男——————ヘッドへ興奮気味に話し掛ける。


「それはテメーだけだよヴァイオス。

ああ〜物ぉかっぱらってさっさとアジトに帰りてぇぜ」


ヘッドは後ろ頭を掻き、たらたらと歩く。

二人の視線の先には、小さな町(集落と言っていい規模)がある。

そこからヘッドは、昼間の忙しさを感じた。

人の営み、日常。

淀みなく進むそれらの、まさに異物。

人類文明の悪性腫瘍のような存在、盗賊団。

ヴァイオスとヘッド、その少し前にも十数人が歩いている。

掠奪が始まろうとしていた——————。




1.


ヘッドとヴァイオスは、ドラゴンによる災害と領主の夜逃げで滅んだ故郷から流れ、盗賊にまで堕ちぶれていた。

盗賊に襲われている町をたまたま見つけ、火事場泥棒を働いていたところ、成り行きで盗賊団に入れられたのだ。

取り込まれたとも言える。

そして——————


「今日が初仕事だ!

堕ちるとこまで堕ちた俺らだけど、今度こそ上手くやるぞ!」


「お、おう……やべ手汗が……」


これから襲撃をかける町がもうはっきりと見える程近づいた頃、ヴァイオスとヘッドが緊張を紛らわすように一言二言声を掛け合うと。


「分かるぜ、震えるよなァ!」


近くに居た同じ盗賊団の男も、拳と拳を打ち鳴らして昂りを隠せずにいた。


「ああ、早く暴れてぇぜ!」


大仰な事を言って、自分を大きく見せるヴァイオス。


「俺だって沢山殺して奪って手柄ァ立てて、女ヤったりなんかして……パッピーに生きる予定だァ!」


ヘッドも釣られて、無理に楽観的な未来を語る。


「そりゃいいな!

ガハハハ!!!」


「そろそろ行こうぜ!

明るい未来が俺達を待ってる!」


ヴァイオスとヘッドは肩を組み、お互いを強く感じながら前を見た。

そして、二人はその次の一歩を気持ち大きめに踏み出したのだった。




2.


そして掠奪は始まった。


「ギヒャヒャヒャア!

そろそろ行くカァ? 新入り共!」


「命令だ。

殺せ! 奪えェ!」


「あっ、女は出来るだけ殺さないでね〜」


先行して町を襲っていた先輩達が、槍を装備した住民たちの布陣に、深々と斬り込みながら檄を飛ばす。

団員の装備は住民たちの装備より粗悪である。

どことも知れぬ戦場で拾った剣やら、冒険者が使い捨てたナイフやら。

しかし先輩盗賊団員達は装備の差、武器のリーチ差をものともしない進撃を見せた。

その姿に、同じく粗悪なマチューテを獲物とするヴァイオスも、ナイフを獲物とするヘッドも、背中を押されるような気持ちになった。


「よし、俺達も行こうぜ」


「どこ狙う?」


「あそこ、教会だ。

教会と言やァ寄付金たらふく溜め込んでるだろ、だから俺らは教会を狙うべ」


ヴァイオスが勢いよく進み、ヘッドが策を練ってフォローする。

二人のいつもの行動パターンである。

ヘッドが指差す方向には、そこらの民間より一回りだけ大きい、白い小教会があった。


「オラァッ!」


ヴァイオスは走り進む勢いもそのままに、教会の扉を蹴破った。




「お、これとかピカピカしてて金になんじゃねーか?」


「いや、それはメッキだな」


「そっか。ぽーいっ!」


早速二人は教会の中にあるものを物色する。

そこへ、騒ぎを聞きつけたのか、司祭らしき爺が出てきた。


「何故……貴方達はこんな酷い真似が出来るのですか?」


一瞬、信じられないようなものを見る目をした司祭は、しかしその後目を伏せ、


「いや、愛を知らないのですね……哀れな……」


「ああ?

知ってるぜ俺。近所のにぃちゃんが言ってたもん。

確か、女の股間弄ってると出てくるって言う……」


「そりゃ愛液だバカ」


とぼけたヴァイオスの頭をヘッドが軽く叩く。

——————地元のガギルギ辺りならこの感じで大ウケなんだがなとヘッドは思ったが、その友人は既に居ない事を思い出し、ヘッドは気まずく、苦虫を噛み潰したような顔になる。

どうやらそれは、横のヴァイオスも似たような感じであった。


「……愛とは、顧みず与えるもの」


司祭がご高説を垂れる。


「おうおう、なら俺らに金と女と……あと食いモンとか与えてくれや!」


老人の勝手で押し付けがましい説教程、若者を苛立たせるものはない。

ヴァイオスはキレた。

司祭を睨み付け、全ての衝動を怒りに任せる。


「哀れな……」


「チッ、見下してんじゃねぇぞ!

俺達はな、これからすげーパッピーになる予定なんだ!」


司祭の態度に、普段はヴァイオスのブレーキ役であるヘッドも声を荒げ、ヴァイオスと共に襲い掛かった。


「だぁああああああああっ!」


先じたヘッドのナイフによる刺突を、司祭は肩を引く動作で躱すと、ヴァイオスの斬撃を手持ちの杖で受け止めた。

鍔迫り合いの形となるヴァイオスと司祭。

だが体格や老若の面で、ヴァイオスが有利だ。

そのまま力で押し切れ——————

と思ったところ、司祭の魔法が発動する。


「サンダーッ!」


司祭の叫びと共に、雷撃が放たれた。

ヴァイオスは咄嗟に後ろへ飛んで避けるが、そこへ、杖による刺突が——————


「だぁっ!」


俺を忘れてもらっちゃ困るぜと、初撃を外して転んでいたヘッドのナイフ投擲が、司祭の足を切り裂く。

よろめく司祭、そこへ——————


「貰ったぁああああああああああッ!」


ヴァイオスのマチューテが、司祭の頭をかち割ったのだった。




3.


「うぜージジイだったな」


ヴァイオスが吐き捨てるように言い、ヘッドも無言で頷いた。

ヘッドが司祭の死体を足で退けて、更に教会内を探索しようとしたところ……


「神父様!

ああっ、貴様らよくも……っ!」


青い甲冑を着た騎士が、教会内に飛び入ってきた。


「教会騎士サマのお出ましだァ!

殺せェ!」


先手必勝とヴァイオスが飛び掛かる。

しかし——————


ザンッ!


「あ、ひ……?」


「次は貴様だ!」


——————切れ味の良さそうな剣だった。

ヴァイオスの赤黒いマチューテと、騎士の銀に輝く剣が交差したと思うと、ヴァイオスのバカ面が宙に舞ったのだ。

鮮血の軌跡を描くそれが教会に血の雨を降らせると、ヘッドはそこでようやく、ヴァイオスが驚くほどあっさり死んでしまった事を理解した。


「う、うわあああああああああ!!!」


足元にあったのは、さっき放り投げたメッキの燭台。

ヘッドは何がなんだか分からない間にそれを蹴り飛ばし、引けた腰のままみっともなく逃げ出そうとした。

——————だが、その前に。

ヘッドは今の己の中で唯一マトモな部分をフル回転させた。


「ウインドッ!」


ヴァイオス手のひらから魔法の風が噴出し、黄金の燭台は騎士へと飛んでいく。

騎士はそれを容易く躱し、黄金は教会上部のステンドグラスを派手にぶち破って外へと消える。


「これ以上、神聖なるこの場所を壊させはしない!」


「くっ……」


剣を掲げ、突撃してくる騎士。

ヘッドは今度こそ逃げ出す。

椅子を倒し、カーテンを引き千切り、縦横無尽の逃走劇。

しかし、出入り口へのラインをを塞ぐように騎士が立ち回っている為、ヘッドに勝ちの目は無かった。


「くそっ……!」


そして遂に、ヘッドは壁際に追い込まれてしまう。

ヴァイオスの首を飛ばした、あの斬撃が来る——————。

風を切る音低い音を響かせて、剣がヘッドに迫る。

かろうじて動かせた右腕でナイフを構えるが……


「ごはっ!」


ガード上からでも重い一撃。

ダメージはヘッドの肉体へと貫通し、内臓が破壊される。

がはっと血を吐き出し、ヘッドが遂に倒れる——————その最後、


「ゲヒャヒャ!

金目のモンはこっちかァ!」


ヘッドはメッキの燭台を手にした盗賊団員が現れるのを目に、してやったりと笑った。




4.


盗賊団が隠れ住んでいるアジトである洞窟に、楽しげな声がこだましている。

今日の襲撃は、大成功に終わった。


そんな中、一人俯くヘッド。

彼の手にはナイフと、粗悪なマチューテがある。

喧騒が耳に痛く、席を立とうとしたところで、ヘッドは大男に話しかけられた。


「おい、お前があの騎士を足止めしたらしいな」


この大男こそ、この盗賊団を束ねる者——————ボスである。

盗賊団なんて落ちぶれたカスの集まりではあるが、この強大な男の視線はもはや睥睨していると言っていい威圧感があった。

発せられた低い声に、骨髄がビリビリした。


「そうっす。

俺と、ヴァイオスで……」


「なら、これはお前の取り分だ」


ガシャリと金が渡された。

その重いのか軽いのか分からない重さに嫌な違和感を覚えたヘッドは、思わずこんな事を聞いてしまう。


「ウス……

あ、あの……今日おっ死んじまった俺の相棒……アイツに、なんかねぇっすかね?」


何も考えてないみたいな間抜けな言葉が出てしまう。


「あ?

死んだヤツにくれてやるモンなんかある訳ねぇだろ」


当然の返答。

しかしヘッドは、頭の中につっかえたものを隠せる余裕が無かった。


「で、でも……今日の突撃、よく考えりゃあ無茶だったって言うか……」


「盗賊団が食ってくのってのは大変でよぉ、無茶な突撃しねぇと取るもんも取れねえ。

それに殺されるようなヤツが死にゃぁ、その分メシ代が浮く」


さも当然のように指摘を受け入れるボス。


「でも、それじゃあいずれ全滅しちまうんじゃ……」


「バカが。

だからテメーみたいなのをたまに拾ってくんだよ。バランスってやつだ。

死ぬなら捨て駒、生き残ったら手駒ってな。

そうすりゃちったぁマシな手駒が増えていく」


ヘッドの苦言は、届かない。

酷い話ではあるものの、ボスの言い分には理屈が通っている。

だから、ヘッドは感情で答えた。


「俺らみたいのは、そこらから生えてくる草かなんかって事っスか……?」


泣きそうに震えた声。

男の格が知れる。

ヘッドは聞きたくない事を自ら聞く事になってしまった。


「そうだ。

盗賊にでもならねぇとやってられねー奴は、このろくでもねー世界じゃ雑草みてぇにポンポン生えてきやがる。

二、三人死んだ所で、代わりなんざ幾らでもいるのさ。俺と違ってな!

それともお前、俺に口答えする気か?」


これで手下相手に随分と答えてくれたものだろう。

ボスはこれで話は終わりだとばかりにヘッドを威圧した。


「い、いや……」


「だったら黙って失せな!

あとお前、掃除でもやっとけ!」


「う、ウス……」




雑用しながら、ヘッドは考えた。

己の弱さと、ボスの強さについて。

粗雑に見えて、ボスは割と合理的に盗賊団を運用している。

腕っ節と確実な組織運用によって、いつ騎士団やら冒険者やらに潰されてもおかしくないような盗賊団を、長生きさせている。

だから、ボスは正しいのだろう。

正論に、反論はできない。

だがその正論の中に、ヘッドにとっては絶望的な事実が横たわる。

それは、ヘッドがボスにとって、組織にとって幾らでも変えが効く捨て駒、雑草だと言うこと。

——————このままでいたら、俺は雑草として使い潰される。


『二、三人死んだ所で、代わりなんざ幾らでもいるのさ。俺と違ってな!』


ボスは、代わりなんざ幾らでもいる俺らとは違う……

特別な存在……? ボスなら、代わりは幾らでもいない……?

それなら、それならば俺は——————


切実な生存戦略。

ヘッドの道は、ここで定まった。


ボスに——————いいやアイツとは違う……盗賊頭になるしかねぇ!




5.


「オラ、ぼさっとすんな!」


「ウス……」


あれから雑用ばかりの日々を過ごしたヘッド。

そして、相棒の居ない、2回目の襲撃が始まった……


町の日陰を通って、比較的金持ちそうな家に飛び込む。

邪魔な家具を蹴飛ばして進むと、髭を生やした紳士風の男が剣を構えて出てきた。


「私には守るべき家族が居る。

己の欲望の為だけに戦うようなヤツに、私は負けない!」


「……クソがっ!」


「はぁっ!」


気合と共に放たれる上段斬りをヘッドは肩口寸前で躱し、逆手に持ったナイフで相手の手首を切り付けた。

しかしそこへ、膝蹴りが突き刺さる。


「がはっ!」


血の混じった空気の塊を吐き出しながら吹き飛ぶヘッド。


「もらったッ!」


剣を片手持ちに変えた紳士のトドメ一撃だ!

鋭い眼光で剣の切先を見つめるヘッド。

——————それは、見様見真似であった。

ヴァイオスの残したマチューテ。

慣れない獲物でありながら、アジトに置いてもおけず持ってきていたそれを強く握り、ヘッドは居合切りを放つ。

刃が伸びるような錯覚さえ抱かせる速度の斬撃は、しかして紳士の剣に受け止められる。

だが、利き腕と非利き腕の力の差で、ヘッドは押し切った!


「死ねぇえええええええええええ!!!」


切れ味の悪い刃が、力任せに肉組織を破壊。

苦悶の表情を浮かべ、紳士は膝を突く。


「がはっ……」


「お父様っ!」


廊下の奥から少女が出てきた。

悲惨な光景に、少女は手に持っていたぬいぐるみを落とす。

綿に血が染みていく。


「メ、メアリー……お前だけでも逃げるんだ……」


「嫌ぁああああああああああああああああっ!」


「チッ、ガキかよ……

おいガキ、テメーじゃ奴隷にもならないから金目のモン置いてとっとと消え——————」


甲高い声が揺れた頭に響き、ヘッドは不快さで顔を顰める。

苛立った目を少女に向け、そちらに歩いていくと——————


「来ないでっ!」


少女の叫びに応えるかのように、光の弾丸がヘッド目掛けて飛んできた。

ヘッドは本能で危機を察知し、飛び退いてそれ避けると、外れた光の弾丸は壁に当たり、それを砕いた。


「あっぶねぇ……」


ヘッドは驚嘆を漏らしつつ、踵を浮かせて少女を見る。

少女は、ぬいぐるみの代わりに、白い石ころを大事そうに握りしめていた。


——————まさか、ガキが持っているあの石っころ、何か特別な力が!?

もし、もしそうなら……

あれくらいなら口とかケツん中に隠せる……

それでいつか、邪魔なヤツらの隙を突いて、あの光の弾をぶつけられたなら——————


(ゴクリ……)


見えた勝機に逸る心を押さえ付け、ヘッドは重心を低く、全力の構えを取った。

勝負は一瞬。

少女が涙目を擦った瞬間、ヘッドは爆発的加速で走り出した。

少女もワンテンポ遅れて石を掲げようとするが……


ザシュッ!

その前に、ヘッドのナイフが少女の首を貫いていた。

ナイフを引き抜くと、ぬいぐるみが落ちるみたいな容易さで、少女は床に崩れ落ちた。


「これが、あの光を出した……」


ヘッドはすぐさま白い石ころを回収し、握ってみる。

ヘッドはそこに確かな魔力を感じた。


「これなら、俺も使えそうだ!」

 

——————ガキを殺しちまったのは、少し寝覚が悪いかな……と、そこでようやくヘッドは良心の呵責を感じたが、これからの事を思い、すぐさま思考を切り替えた。死んだやつの事など重要ではない、重要ではないのだと。


「しかしあのオッさんがバカで助かった。

こんなすげぇアイテムがあるなら、ガキじゃなく自分で持ってりゃよかったのに。

そこそこ動けるオッさんだったから、加えてこの飛び道具があったらかなり厳しかったぞ……」




6.


「おっ、新入りにしてはいい手柄だな。

この宝石とか、金になりそうだ!」


「……あざす」


あの後、ヘッドは白い石を隠す為、怪しまれないよう多めに盗品を持ち帰った。

お陰で、掠奪品のチェックは容易く突破できた。




——————そして、最後の日はやってきた。


「ぐぁっはっはっ!

最近勢い付いて来た俺達だ!

殺して奪って奪い尽くせェ!」


「「「ヒャッハーーーッ!」」」


ボスの檄に、手下共が叫びを上げる。

歓喜と狂気とが混じったそれは、総じて昂りという意味で一致していた。

ヘッドが石を手にして数週間。

幾つかの掠奪を成功させた盗賊団は、普段襲う集落程度の町より少し大きい規模の町をターゲットにした。


(皆んなハイになっている。

仕掛けるなら、今日だ!)


ヘッドは口数も少なく、ただ覚悟を決めた。




掠奪開始から十と数分。

いい具合に混戦になった哀れな町を見渡して、ヘッドは作戦を実行する。


「ボス! こっちにデカい倉庫を見つけました!」


「おう、案内しろ!」


「ウス!」


手際良く周りの手下共からボス分断し、路地裏へと誘い込む。

薄汚れた石畳。端に散らばるゴミやクズ。

腹で天を仰ぐネズミに、蠅が集っている。

路地裏の狭い空から僅かに差し込む日の光が雲に隠れたとき、ヘッドが仕掛けた!


「光の魔弾ッ!」


「!?」


壁をも砕く一撃が、大男に突き刺さる。

——————その図体でこの路地裏じゃ、魔弾は躱せないだろっ!


「オラっ! 死ねやっ!

魔弾魔弾魔弾ッ!」


光の魔弾のラッシュ!

ヘッドは、この大男が動かなくなるまでそれを止める気は無い。殺す!


「グオオオオオオオオオオオ!

て、テメェ! 裏切ったのか!」


獣の咆哮を上げ、ボスの鋭い眼光がヘッドを睨み付ける。

だが、魔弾の雨に降られる今のボスは、獣は獣でも檻の中の獣。

ヘッドは恐怖を感じない! 少しもな!


「今日がテメェの雑草大感謝デーだぜぇぇぇ!」


「俺はボスだぁああああああ!」


二人の男の叫びが、路地裏の狭い空へと消えていく。

——————日は、未だ陰っている。


「うおおおおおおおおおおおおっ!」


魔弾の雨を受けながら、大男は無理矢理突進してきた。

ボスの獲物は大鉈。

路地裏じゃ十分に振り回せないとは言え、それでも巨大な一撃は、それこそ十分にヘッドを殺し得る。


「だらぁっ!」


気合を叫び、マチューテとナイフをクロスさせ、ボスの大鉈を受ける。

重い、重い一撃にヘッドの身骨が震えた。

クッションたる膝から足にかけて、絶望的な負担が掛かる。

だが、その足元には——————


(白い、石……?)


ヘッドが持っていたそれは、いつの間にか、丁度ボスの頭の真下で輝いていた。


「魔弾のアッパーカットだ、落ちろおおおおおおおおおおおおおお!!!」


ズバァンッ!

光が迸る——————。

光は、死神の鎌となってボスの意識を刈り取った。


「ぐっ……雑草野郎が……」


ボスは悔しげな目を一瞬だけヘッドに向けると、糸を切ったように倒れた。


「なぁボス、アンタが俺みたいな雑草にやられたら、アンタどうなるんだ?

アンタも、俺らと同じ、雑草だったって事になるのか……?」


答えは無く——————。


「……

俺は、俺はぁああ……」


誰の助けも無く——————。


「ボス、アンタが雑草じゃなくて、そうだったとしても俺は……」


ただそこには——————


「勝ったぜ。」


——————切実なまでの必死さと、ただありのままにある結果だけが転がっていた。



7.


ヘッドはボスの装備と後生大事に持っていた酒瓶を奪うと、決戦の路地裏から出てきた。

眩しさに目を細める。

いつの間にか雲は何処かに行ったらしい。


「はぁ……はぁ……っ

や、やった……!

ボス……ボスの証であるこの革鎧は、今日から俺のモンだぜェ!」


日の光に翳し、手に入れたものを確認する。

それはずっしり重くて、しかしそれを易々と持ち上げられる力をくれるものだった。


「くくく……はははっ!

がぁーっはっはっはっは!」


高らかな笑い声が狂騒と狂気にかき消え"ない"。

それ程までに強く、ヘッドは笑った。

辺りで戦う盗賊や町の人々がヘッドを見て困惑したが、そんなもの気にならなかった。

ヘッドは今、自分が世界で一番大きなものになったような心地でいた。


「俺は、生きてるぞぉおおおおおお!!!

ヴァイオス! 俺は生きてる!

運めっちゃいい!」


肩を掴んできた盗賊団の先輩をほぼほぼ無意識で殴り飛ばし、殴り返され、痛みも感じない。


「俺ァこれからさ、雑草共をボスみたいに使い潰して、ウマいモン食って生きてこうと思うんだ!」


左腕で盗賊団のボス——————否。

"盗賊頭"の証となった革鎧を掲げて周りを分からせる。

困惑は波となって広がり、しかし誰よりもクリアな気持ちのヘッドだけは高らかに笑い続けた。

——————そしてヘッドは、最後の言葉をようやく叫ぶ事ができた。


「これはテメェへの選別だぁ!

受け取れぇ!

ひゃーっはっはっはーっ!」


盗賊頭はボス秘蔵の酒瓶を景気良く放り投げる。

舞い散る雫は天気雨。

透き通る爽やかな青空には、下卑た笑い声がこだましていた。

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盗賊頭 ばらん @barann

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