始まりの審判 11/介入

 天井から吊された豪奢なクリスタルシャンデリアが淡く神聖な光で包む『調和の間』では、会議も終盤に差し掛かりフォルセティがまとめる様に切り出した。

 

「では最後にデーモニアについてですが……」

 

 フォルセティは二人に、特にアフロディアに向かって話を進める。


「あら、なんで私を見て話すの?」

 

 椅子に背を預けて、くすりと笑いながら悪戯っぽい笑顔で微笑むアフロディアに、心当たりがあるだろうと心の内側のみでボヤく。

 

「いえ、最近ご熱心に観察しているようでしたし。先程も見てらしたでしょう?」

「んー、そうかしら? ……でも、そうね。なんとなく気になる娘はいるわね」

「「娘??」」


 驚くほど異質な単語が飛び出したため、訊ねたフォルセティだけではなく、資料に視線を落としていたザイオンも思わず口に出してしまった。

 今まで対象を個別で捉えることは余程の大物に限られてきた。それも世界を変えるような……。


 そんな驚きを持ってアフロディアを見ている二人に対し、少し恥ずかしくなったのか視線を宙へ彷徨さまよわせて弁明のような話を始めた。


「ええと……、そうね、私がアレを見つけたのは少し前だったかしら」

 

 フォルセティとザイオンは頷くことで話の先を促す。


「そう、ユーダリルにおいて今の王都グルカが出来る前の話ね……、ある大きな闘争があったの」


 ユーダリル王国がヨルダードに統治される随分と以前。それは法やルールなど無縁の世界。

 そうデーモニアの中でも特にユーダリルは混沌極まりない時代の真っ只中であった。

 血が連なる部族ごとに徒党を組み、他の部族と少ない住める土地を巡り争う。

 産まれてすぐに争い、すぐに死んでいく……。

 魔族としての本能『殺すか、殺されるか』だけが支配していた時代。


 まるで世界が意思を持ち、全ての者たちに己の生存をかけ競争をしいている様な苛烈な時代。

 その凄惨な時代の中でも一際大きな戦いがあった。

 獣人の魔物を中心にまとめ上げ、およそ五十万の兵隊で破竹の進軍をする獣王ガイゼル軍。

 トロルやオークなどが中核となった戦闘力は弱いが繁殖能力が高くおよそ八十万もの兵力を持つ連合。

 ついに二つの勢力は大衝突を起こし、お互いに引けぬまま何十年もの間を戦闘に明け暮れた。

 そして……極度に疲弊した両軍を狙い第三の勢力がこの戦争に介入してきた。

 二つの勢力は新たな勢力を跳ね除けるほどの力を残しておらず、各地で敗北を喫し瞬く間にそれぞれの陣営が壊滅していった。


「ふむ、獣王ガイゼルを、サイクロプスのバダラウが屠った戦いか」

「だいぶ弱った獣王ガイゼルを、でしたがね…… しかし、獣王を仕留めた事で今までのパワーバランスを崩し一時的とはいえユーダリル王国の新王となったのは事実。まさに時代の転換期でした。……まあ、その栄光も長くは続かず現王のヨルダードが統一するまで混沌とした時代に戻りましたがね」

 

 アフロディアに理解しているという相槌を打つ様に当時を振り返り先を促す。


「戦争の後に残ったもの…… それは荒れた大地とおびただしいほどの魔物の死体だったわ」

 

 呆れたようなため息を吐き暗い声で続けた。


「まあ、調査というほどでもないけど、かなり大きな被害が出た戦場を調べていた時にね……」


 フォルセティはアフロディアの声のトーンから何となく先が分かり顔をしかめる。


「うふふ、そう。ご想像のとおり死体の腐肉をあさるスカベンジャーと魔素をあさる脆弱な魔物が大量に湧き出していたわ」

 

 アフロディアとフォルセティは生理的に受け付けないのが態度で分かる。

 しかし、ザイオンは特に気にはならない様で普通の事として受け入れている。


「私は見ていて気持ちのいいものじゃないから、直ぐに別の場所へ切り替えようとした時…… 視界の端で気になるものが入ってきたの」


 アフロディアは一拍おいて、ザイオンとフォルセティの二人を先程までより熱い視線で見据えて話す。


「光よ」

「……光…… ですか」

「ええ、そう光よ。その輝きは死体で覆われて負のエネルギーが満ちた場所には似つかわしくない聖なる光の様だったわ」

「……それは何だったのですか?」

「ううん、分からないわ。確認しようとしたら消えてしまったのよ」

「…………」

 

 相槌をうっていたフォルセティとしては、やり場のないちょっとした苛立ちを覚えたが言葉を飲み込んだ。そしてザイオンと共に話の意図を掴めず困惑の色を滲ませる。


 しかしアフロディアは二人の表情などお構い無しに一人楽しげな明るい顔となり話を続けた。


「光は唯のきっかけ。でも光が強ければ強いほどその影もまた強く濃くなるわ。アレはその深く暗い影の中で自分を抱き抱えるみたいにうずくまり震えていたの――」


 恍惚とした表情を浮かべ、まるで目の前に過去の映像が有るかの様に視線は宙に固定されていた。


「直ぐに喰われると思ったわ。案の定、何匹かの魔物がアレに食らいついたわ。……でも」

 

 一息置いて嬉しそうに話を続ける。

 

「喰らいつかれた端から飲み込んでいったのよ。ポロポロになりながら自分より大きな魔物をね」


 トロンと熱を帯びて宙に浮いていた視線を二人に戻す。

 そんなものは幾らでもいるだろう。そんな顔だ。

 二人の顔を改めて見て言いたいことは分かってると言わんばかりにくすりと笑った。


「ええ、よくある話よね。でもアレは違ったのよ。アレは喰ったそばから魔素を変換してしたのよ」


「なんだと!」

「それは……!」


 ザイオンはテーブルの上に身を乗り出し、フォルセティは純粋な驚きからかテーブルに手をつき立ち上がった。


「そんな事はあり得ない! そんな魔物は唯の一度も確認はされておらん!」

「そうです。そんな事は……」

 

 フォルセティは何かを思い出したように否定する言葉を飲み込んで続けた。

 

「……いや、確か以前にそういったことがあったような……」

 

 目を瞑り、フォルセティ自身に蓄積されている膨大な記憶から似たような魔物や事象を呼び起こす。


「……っ⁈ ザイオン、確かに以前もありましたよ」

 

 フォルセティは目を開きザイオンへ答える。

 

「あれは数百ほど前の世界で似たような現象がありました。魔素を取り込んだ先から己のエネルギーに変換し、その魔力を純粋に蓄積していきました。確か……」


 フォルセティは、席を立つと話しながら部屋に備えられている過去の資料棚へ。棚を数箇所漁ると、目当てのものを見つけ、ザイオンへ見えるように卓上に置いた。


「ああ、有りました。これです」

「……むっ、なるほど…… しかし……」

 

 ザイオンはフォルセティが何を言いたいのか見当をつけ、しかし其れは違うという意味を込めながら首を振って続けた。


「確かに観測された事象ではあるが、コレは唯のエネルギー体であり、純粋な力の塊であった。意思を持つ魔物とは違う」

「ええ、そして莫大なエネルギーを持ったことにより内部から崩壊を起こして大爆発。無に還りました……」


 全ての魔物は魔素を蓄積しその内包量によって力の強さや能力が変わってくる。

 勿論、魔素の量だけで強さが決まる事はないが、強くなれる者は多くの魔素を取り込み力の底上げを行う。そして其れはどの魔物にも限界値があり、また一回に吸収できる量も微々たるものである。

 仮に自身の限界を超えて魔素エネルギーを吸収出来たとしても精神体や肉体が負荷に耐えきれず崩壊してしまう。


「まさか…… エネルギーの塊が意思を持ったというのか……」

 

 ザイオンは顔を強張らせ更に身を乗り出してアフロディアに詰問するが、返ってきた返答は期待していたものでは無かった。


「さあ? 私は知らないわよ……うふふ」


 アフロディアの返答にザイオンとフォルセティは肺の中の空気を全て吐き出すような大きい溜息を吐き、自分の椅子へと座り直した。二人とも暫くは声を発せず何か考えているようであった。

 暫くの沈黙の後、ザイオンがアフロディアに問いかける。


「今まで何故黙っていたのだ?」

「……別に隠していた訳ではないわ。最初は確信も持てなかったし、経過を観測していただけよ」


 ふふっと笑うアフロディアにフォルセティは一つの質問をする。


「貴女からみて世界の脅威となりうる存在でしょうか?」

「……ええ、死なずに成長を続ければいずれ脅威となるでしょうね。でも判断はし辛いわ。今までにないスピードで進化してるといってもまだ力という点では弱い部類よ。……でもね」

 

 誰にも聞こえない位に小さく呟く。

 

「それがはかなく、とても美しいの……」

 

 自身の口元がにやけないよう、思わず歯を食い縛り二人から顔を背ける。

 最後に何を言ったかは分からなかったが、フォルセティ、ザイオン共に成る程と理解を示した。


「なるほど、大体は理解した。話を聞く限りソレを監視対象とし情報を共有する必要があると考える」

「そうですね。脅威となるかは別として、とても珍しい事象なので観察はしたいですね。適当な調律者へも報告をする必要があります。マーカーはつけているんでしょう? 教えてください」


 ザイオンとフォルセティに情報を出せと詰め寄られ、自分だけが知っていた楽しみを取られるような気がしてか、アフロディアは小さな溜息を吐く。


「はいはい。いま教えるわよ…… あらこれは……」


 多数のモニターを操作するキーボードに似た機材。

 そのボタンを機敏に滑らかに細く美しい十指が映像を切り替える操作をし―― その指が止まる。

 カタカタと小気味良い音が途切れ、動かないアフロディアへ首を傾げる二人。

 ややあってお互いに顔を見合わせ、フォルセティが一言を投げる。


「……どうしたのですか?」

 

 声をかけても映像が切り替わらない。

 反応もないことを奇異に感じ、フォルセティは立ち上がりアフロディアの後ろ側へ回り込む。

 ザイオンもそれに続き彼女の肩口から投影器を覗き込んだ。


「なんという……」


 フォルセティが次の言葉を飲み込む。

 覗き込んだ映像の中、そこには多数の死体の中に佇むデルグレーネが映し出されていた。

 同じく映像を覗き込んでいたザイオンの少し緊張したような強張った声が割り込んだ。

 

「おい……、これは…… あれを全て呑み込むのか……」


 しばしの沈黙を挟み、ザイオンが続ける。

 

「話を聞いていたスピードを超えている。これではこの地域一帯のバランスを崩壊させる可能性があるぞ。すぐにでも介入案件で有ると私は考えるが」


 これは管理者が自ら力を振るう事でバランス崩壊を招く元凶を取り除くという意味である。


 本来であれば世界に干渉せず見守る立場であるが、創造主の意図せぬ終焉を迎える事のないよう力を使い調整をする事が彼らの仕事であり、管理者と呼ばれる所以である。

 成熟しきった世界ならまだしも、進化段階でのバランス崩壊は管理者にとって危惧すべき事態である。

 通常であれば調律者と呼ばれる各世界に配属している協力者を使い問題を解決するのだが、今更それは遅すぎた。


「あまり介入する事は避けたいのですがね…… しかしながら、そうは言ってられないでしょう」

「いいえ、確かに危険なラインかもしれない。でも、もう少し様子を見るべきではないかしら? 誰か調律者を派遣して――」

「それでは余りに遅い事は分かっているだろう」


 管理者の意見は二対一。

 通常は多数決により介入する事が決定するが、アフロディアの面白くなさそうな顔にフォルセティは一つの案を投げかけた。


「介入するべきでないと強く思うのでしたら、創造主への『ご判断』をお願いしたら如何ですか?」


 同僚の提案に対しアフロディアは顔を顰め唇を噛みながら考えを巡らせる。そして吐き出すように賛成の言葉を口にした。


「……いいえ。そんな大事にする話ではないわ。私も介入に賛同します」


 創造主への懇請には時間も手間も要する、しかも全容を包み隠さず話さなければならない。

 アフロディアとしては痛いところだ。

 そのような背景を分かっていながらフォルセティはアフロディアにあえて提案をし、その口から賛同の言質を取ることに成功した。

 これで全員の意見として介入する事となった。


「では、早速行くとするか」

 

 ザイオンは二人のやり取りを見届けると、促す様に席を立ち準備へと向かった。

 その背中に続く様に残された二人も準備へと向かう。


 投影機に映るモニター画面を一瞥し、誰にも聞こえぬ様に呟く。

 

「ああ……  見つかってしまった…… 」

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