始まりの審判 12/先制攻撃

 カルバラと別れを告げて二日後、ブランは騎乗しているワイバーンの背にて、眼下に広がる深い森の中で凄まじい熱量の爆発を目撃した。

 周辺一帯が白く染まるほどの爆発。数秒遅れて鳴り響く轟音ごうおん

 それは衝撃波となり空中を飛していたワイバーンのバランスを崩させる。

 五キロほど離れた距離で起こった爆発、焦げた臭いと熱風が顔を叩くような衝撃が走った。

 

「――ブラン将軍⁈」

「慌てるな! ワイバーンを落ち着かせろ! 下に降りるぞ!」


 目が眩むような強い閃光を正面から受けてワイバーンは動転する。しかし、暴れるのを瞬時に抑え込むと、ブランは取り乱す部下達に指示を出した。

 少しだけ開けた場所を見つけ、ブラン率いる部隊は暴れるワイバーンに四苦八苦して大地に降り立った。

 ワイバーンを落ち着かせ、手近な木へ縛り付けると兵士の一人がブランへ近づく。


「ブラン将軍。先ほどの爆発は……」

「ああ、間違いなくデルグレーネだろうな…… ゾマン達にはあの規模の魔法は使えないし、エルフ族が自分達の土地を焼く様なこともしないだろう」

「……では、恐れていた通り……」

「…………」


 側近の兵士に、無言で肯定の意を返す。

 カルバラの恐れていた通り、ブラン達と戦う前にゾマンと出会ってしまった。

 そして、あの爆発だ。ゾマン率いる討伐部隊は、おそらく甚大な被害を受けていることだろう。

 デルグレーネはゾマン達を喰らい、更なる力を得たと考えるべきだ。

 右目の刀傷が危険を感じてズキリと疼く。

 ブランは状況を整理すると、全ての部下が自分の命令を今かと待ち構えているのを確認し、これからの指示を出した。


「ワイバーンはここに置いていく。各自装備を整えよ。ヤツに気取られぬよう、細心の注意を払い爆発のあった地点へ向かう。かかれ!」


 声を出すことなく兵士たちはブランの号令へ従い、手際よく準備を始める。

 規律の取れた動きで動く兵士たちを瞥見べっけんすると、王都グルカの方向を仰ぎみて友人へ思いを馳せた。


「……流石だな。しかし、もう少し俺が早ければ……」

 

 狙い通りに成果を出したカルバラの能力に向けて素直に賞賛し、自分を悔やんだ。


 王ヨルダードとの会談後、その直後に間髪入れずカルバラは動いてた。

 ゾマンが討伐隊を動かすルートの予測される進行方向全てへ網の目の様に捜索隊を送り込む。

 特に多く派遣したのは探索に特化した、眼球に翼がはえた小さな魔物。

 その脆弱さと少ない魔素量は敵に発見され辛く、個体自体の総数が多いので隠密行動にはうってつけであった。

 そしてそれをまとめる者、情報を伝達する為に移動速度の速い者などチームとして組ませ、膨大な量の情報を滞りなく最速で集まる仕組みを作り上げた。

 カルバラの采配は見事に当たり、捜索隊を派遣して二日という驚くべき早さでデルグレーネの居場所を特定してみせた。

 その情報をもとにブランは空を駆け、急ぎ強襲しようとしたのだが、残念ながら遅かった。

 

(あと少し早ければ……)

 

 悔やむが今更どうにもならないと頭を振り、思考を切り替える。

 

 ブランも自身の装備を整え、背に人の丈ほどある大剣を担ぐ。

 刀身が分厚く重い無骨な剣を振れる彼の豪胆な力ゆえの特注品。

 用意を終えた兵がブランの前に整然と並ぶと、各々の顔を一人一人確認していく。

 決意を持った眼差しでブランを見つめ返す頼もしい部下たち。

 最後の一人と視線を交わし終えると、ブランは静かに進軍の号令をかけた。


 鬱蒼うっそうとした森の中。胸ほどある草をかき分け、長く垂れ下がるつたを切り拓きながら、道なき道を進む。

 兵達は、こんな歩きにくい山中でも隊列を乱すことはない。

 重装備での進軍でありながら、音を立てる事なく素早く着実に進むブラン配下の兵士達。

 今回はデルグレーネの討伐のため、通常より人数を絞り真の精鋭部隊として選出された者達だ。

 十二名の分隊が三つから成る小隊。その数三十六名。

 ヨルダードの親衛隊が使用しているワイバーンを借り受け、ブランを含め三十七名で構成された小隊はデルグレーネを必ず討つと意気込む。

 

 統制の取れた小隊は、一つの生命体であるが如く統率者の思い通りに動いていく。

 王国最強のブラン配下の部隊は、長きに渡りブラン将軍へ仕えている者が中心となり、ブランの力に心酔しその強さを遺憾なく発揮させる為に極限まで鍛錬を続ける。

 彼らは最強の部隊としてのプライドと、戦いの場でブラン将軍の盾となり剣となる事が至上の喜びとして。

 そして最強の部隊は、最強の相手と戦わなければならず、決して負けてはならない。当然のごとく全身全霊を傾けて鍛錬をするのである。

 

 そんな最強の部隊を魔物一人の討伐にあたらせるなど前代未聞の珍事であるが、ブランには不満はない。


「さて、カルバラが危惧する程の力…… 我が方の損害は如何程になるか」


 自身が動かしている兵力と標的となっている相手の数は余りにも釣り合っていない。

 しかし、敵は一国の軍隊と同程度の戦闘力を持つとイメージは固まっていた。

 絶対的な信頼をおく盟友が、ブランとその部下に討伐を依頼した。それがどういった意味なのか理解している為に、決して侮るようなことはなかった。


    ◇


「各分隊には隠密行動を徹底させよ。奴の能力も分からぬ。取り逃さぬよう全員へ油断せぬよう厳命せよ」

「「「はっ。承知いたしました」」」


 慎重に進軍して一時間ほど余り。

 爆発地点まで残り一キロほどとなった森の中、木々が少し開けた場所で、三人の分隊長は最後の確認を終えた。

 これより三隊それぞれが距離をおいて進むために各ルートを申し合わせをしたのだ。

 ブランの元に分隊長が集まり、厳重な警戒をしながら兵たちにほんの少しの休息を与えている。

 ブラン将軍からの命令を聞いた分隊長の一人、猿の獣人であるジダは自身の隊に戻り、副長のゴズルに命令を伝えると、彼はニヤリと笑う。


「しかし魔物一人に大袈裟なこった」

 

 長くジダの副長をしているゴズルは、およそ上官に話す話し方では無いが、ジダも気にする事はない。

 魔物は己の強さが全てである。

 その無礼な態度は力が伴わなければ許されない。しかし力があれば許される。

 ゴズルとジダは同じ猿の獣人であり、ほぼ同等の力を持っているため、必要以上にへりくだることはないのだ。それは軍隊でも基本的には同じであった。


「ああ、俺もそう思う。だが、ブラン様がこんなに慎重になるんだから、かなりの大物だろうよ」

「うへぇ……、怖い怖い〜」


 猿の獣人特有の皺の多い顔を更にくしゃくしゃにして踊るようにおどけてみせるゴズルにジダの気も緩くなる。


「ふははっ……っ! 馬鹿。静かにしろ」

「へいへい、分隊長様。……まあ、ブラン様にかかれば瞬殺だろうな」

「ああ、そうだな。ブラン様は強すぎる。正に化け物よ」

「全くだ。ほれ、いつだったかオーク部族の巨大な王を斬り伏せた時は…… ――思い出しても鳥肌が立つぜ」


 同意を示す相槌をうんうんと頷く事で示す。

 思わず昔話をしてしまったが、今は作戦行動中であることを思い出した。


「――さて、そろそろ気を引き締め……っ!?」


 冗談はここまでとジダが隊長としての顔に戻り、命令を下そうと分隊の方へ振り向いた時、その場の空気は一変していた。


 確かに爆発が起こる直前から空模様は著しく変化していた。

 先ほどまでワイバーンで飛行していた時は、太陽の明るい日差しが降り注ぐ、少し暑いくらいの天候。

 それが瞬く間に暗雲が空を覆い尽くした薄暗い世界が広がり―― 間も無くして爆発が起きた。

 

 灰色をした仄暗い空の下、薄暗い森の中をジダたちは進んでいたのだが…… いきなり更に暗くなったのだ。

 まだ昼を少し過ぎた時刻だと言うのに、まるで夕闇のように暗い影がジダ達を包む。

 不思議なことに先ほどまで聞こえていた野鳥や動物、そして虫の鳴き声がぴたりと止んでいる。

 まるで全ての音が闇に吸い込まれた完全なる静寂。

 やがて空気が震えるようなキンキンと甲高い耳鳴りがジダ達の頭に響くと皆が揃って顔を歪めた。

 

「「「ぐっ……おお……っ……」」」


 この異様な様相に小隊の大多数へ動揺が拡がる。しかし、訓練された兵たちは、息を呑み込み驚きを噛み殺す事でパニックから踏みとどまる。


(――なんだこりゃ⁈ 尋常じゃない⁈)


 その場にいる全ての者が困惑して思考が止まった刹那、まるで金属が軋んだような甲高い音が鳴り響き、同時に立っていられないほどの重圧が降り注いだ。

 音に驚いたジダは耳を塞ごうとしたが、その重圧に指一本すら動けなくなっていた。


「「「おおっ……」」」

 

 兵たちに更なる動揺が走る。

 

 不意に空から舞い落ちる――黒色の羽根。

 ふわりふわりと風にゆられ踊って。

 周囲の光が吸い込まれていくほど純粋な漆黒の羽根は、周りを木々で囲まれた小さな土地の空一面に広がっていた。

 

 空を見上げ、顔を緊張と驚きにより硬く強張らせるジダとゴズル。

 ゆっくり舞い落ちる黒い羽根を呆然と見つめる。

 時間の経過が分からない。一瞬なのか永遠なのか……。

 空から視線を外す事ができず、ジダは必死で声を絞り出す。


「うう…… ゴズル、こりゃぁ……」


 しかし、古き友人は何の言葉も発しない。

 ただ彼の方から風の吹き抜けるような音が聞こえるだけ。

 嫌な予感が胸中を駆け巡る。

 友人の様子を確かめようと空から視線を移した先には――。

 

 青黒い炎に全身を包まれ、枯れ木のように立ち尽くす炭化したゴズル。

 激しく口から、鼻から、目から青黒い炎が吹き上げて。

 激しく燃え盛る炎とは対照的に、甲高く静かにヒューヒューと燃焼している音。

 肉の焼ける匂いが強烈に鼻の奥を蹴飛ばし、目の奥から涙がこみ上げた。

 

 友人の惨状と余りの驚愕に理解が追いつかないジダは、蹈鞴たたらを踏んで尻餅をつく。

 気が付けばゴズルだけでは無く分隊の仲間達も青黒い炎に包まれていた。


「ううぉあああああああああああああああ――⁈」


 茫然自失の体で眺めていたジダは、ふわりと黒い羽根が鼻先に落ちてきた時、これから自分に起こるであろう惨劇を恐怖する。

 

(この羽根だ! この黒い羽根に触っちゃダメだ)

 

 スローモーションの様にゆっくりと落下してきたそれを反射的に避けようとするが―― 絶望により身体は硬直した。

 そう、逃げ場などない。

 

「――逃げらっ……」


 数多の黒き羽根は、ジダの身体へ引き込まれるように落ちる。

 ジダの大きく見開かれた双眸が一枚の羽根を追うと、ふわりと右手の甲に落ちた。

 刹那、爆発的な熱量の解放。

 青黒い炎が展開され凄まじいスピードで右腕を駆け上がって行く。

 

「――うぎゃ――‼︎ あ あ……」


 獰猛な黒い大蛇に巻き付かれ、絞め殺されるように全身が黒炎に包み込まれる。

 ほぼ叫び声も上げられぬまま痙攣し硬直。

 熱さを感じる事なく、ただ自分の身体が炭化し崩れていくのを途切れゆく意識の中で感じ、暗い闇へ落ちた。

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