始まりの審判 10/管理者たち
「おや、またデーモニアを観ているのですか」
ここ黄金宮グリトニルにある『調和の間』と呼ばれる一室には、複数の世界を映す投影機が数多く設置されている。
モニター画面のように切り取られた映像が中空に数多く投影され、パノラマとなって刻々とその世界を映し出す。
映像の中では、絶え間なく画面が切り替わっており、その流れは高速に切り替わるものも有れば、ゆっくりと映し出すもの様々である。
これだけの数を確認するためには多くの人数が必要であると普通なら思うだろう。
しかし、この部屋に居るのはたったの三人であった。
数台の投影機を自分の周りに集め、黙々とメモを書き留めている大柄な男。
椅子に横座りし、温かいお茶を飲みながらジーッと投影機を凝視している女性。
そして部屋に入って来るなり女性に話しかけたのが、この部屋を使う最後の一人。
細身で知的な雰囲気をもつ男は、やれやれといった心情で自分の席に荷物を置く。
なにやら熱心に一つの映像を観ているアフロディアにフォルセティは苦笑いを浮かべながら再度話しかけた。
「何か興味深い事でもあるのですか?」
「ええ、まあ……ね」
モニターの中の映像から顔を上げる事なく、楽しげに返答をするアフロディア。
フォルセティは続けて諭すような口調で再度話しかける。
「他にも見るべき所が有るのではないですか?」
これに対してアフロディアは、ウェーブのかかった美しい黒髪をかきあげて意義ありといった顔を向けた。
「やるべき事はやってるはず。それとも私が出したレポートに不備でも有るのかしら? 何かご意見が有れば聞きますけど」
「なら、良いのですが……」
捲し立てるような話し方はせず、
フォルセティは心の中で(本当に最低限の仕事はね)と愚痴りながら、これ以上は藪蛇になる事を分かっているので会話を切り上げた。
二人のやりとりを聞いていたであろう大柄な男、ザイオンへ視線を向けると、一瞬目を合わせたが興味無さげに視線を戻しフォルセティに丸投げを決め込む。
これもいつもの事と、ため息を吐きたい衝動を抑えながら二人に会の始まりを告げる。
「さて、時間となりましたね。報告会を始めましょう。何か問題はありましたか?」
アースガルズ―― 神々が住まう世界。
幾億もの世界を創造し、その成長を見届ける。世界が終わり万物の流転してゆくさまを永遠に……。
黄金宮グリトニルはアースガルズの中央にそびえる、その名の通り黄金に輝く白亜の宮殿である。
世界樹の中央付近に位置し、創造主である女神フレイヤから与えられた仕事を行うための建物。
そこでは様々な実験や観察が行われ、『世界』そのものが日々誕生する。
数多の平行世界を管理するべく創造主より力を与えられた存在、管理者。
フォルセティ、アフロディア、ザイオンは自分達に割り当てられた三つの世界〈魔世界/デーモニア〉〈死世界/タナトピア〉〈人間界/オートピア〉をチームとして管理をしている。
この三世界は元々一つの世界であった。
その為に生まれた命はこの三つの世界を循環、いわば輪廻転生するという特徴を持つ。これにより三つの世界は一つの事象として三人の管理者の元で観測されていた。
世界は誕生し成長し成熟して退廃する。やがて消滅すると新しい世界が生まれ観測を始める。
あらゆる生物の進化と可能性を検証するために、時には管理者自体が世界に干渉することもあるが稀なケースである。
通常は各世界において管理者の駒として動く協力者、通称『調律者』と呼べる者を動かし対処することがほとんどであった。
そうして創造主の大いなる意思に導かれ三人の管理者は観測を続けている。
ザイオンが加入して半年以上が経過していた。
今日は月に一度の進捗会議と言う名の情報交換の日。
特に範囲を決めてそれぞれの世界や地域を観測するということはせず、この三世界全体をそれぞれの立場・視点から管理をしている。
それは独善的な判断を予防し調和の取れた世界にする為、監視する側としての大前提なルール。
生命が何世代にも渡り繁栄し営んでいくためには極めて重要な事であった。
フォルセティの言葉を待って、三人ではやや大きめなテーブルを中心に、それぞれが当たり前のよういつもの場所に着席した。
いつもの場所に座り、いつものように話が始まる。
この時、フォルセティはふと思いを馳せた。
(管理者となり、どれ程の時が立っただろう。もうだいぶ経ったような気もするし、つい最近のような気もするな……)
観測している世界とここアースガルズでは、時の概念が異なっている。
過去には遡れないというのは共通しているが、時の流れそのものの尺度が違うのである。
遠くから全体を見ている時は早送りのような世界を、介入するほど近づくと同じような時間軸となる。
このような事情で有れば、先のどれだけの時間が経ったのかという問いに答えが詰まるのもしょうがないだろう。
三人の周りには今回のため用意された映像や会議用の資料が映し出されている。
「――オートピアだか、今回も今の所は問題無く進んでいると考える。調律者の人数変動も想定の範囲内だ」
椅子に座りながら体ごと向きを変え、威厳のある低い声でザイオンは二人へ自身の観察している感想を伝える。
「そうですね。所々は前回、前々回と違った進化をしていますが、全体的には小さな誤差という事なのでしょうかね」
ザイオンの意見に同調する様にフォルセティは話しながら、アフロディアに灰色の瞳で視線を投げる。
「私も同感よ。特にここで話すような事はないわ」
優雅に艶っぽい笑顔を浮かべながらアフロディアはフォルセティだけではなくザイオンにも答えるようにその視線を移した。
そうかと頷きザイオンは次の議題を話しだした。
(……相変わらずですね)
ザイオンの素っ気ない、いやその性格さ故の愛嬌の無さにフォルセティは片眉を上げて苦笑する。
相変わらず……変わる事のない…… ザイオンを表すのにこれ程適した言葉はないだろうと。
管理者ザイオン。
神が生み出した純粋なる管理者であり、武の管理者とも呼ばれる。
大柄で筋骨隆々、深いブルーサファイアの瞳と銅褐色の短髪が精悍さを増す外見。
秩序・ルールに重きを置くその性格は勤勉で真面目であり、文武両道を絵に描いたような存在であった。
己の鍛錬を欠かすことなく、純粋に力を強さを追い求めている。
まるでその先に追い求める答えを探しているように……。
誰もが模範とするべき存在ではあるが、その生真面目さゆえに、悪く言えば融通の効かない性格のため二人と衝突することも少なくはない。
以前の会議で、ある生物の進化がかなり特殊な形でなされたことが話題となった。
フォルセティとアフロディアは新たなる発展にもれなく喜んだが、ザイオンの解釈は二人とは違った。
今までの系譜とはまるで違ういわば突然変異に若干の危機感というか、嫌悪感を持ったようだった。
是が非か大いに揉めたが、他への影響など今まで積み重ねてきた多くの資料を鑑みてそのまま観察することに落ち着いた。
完全に納得していた訳ではない様子だったので、フォルセティは
それ以来、ぶつかる事があっても特に気にすることなく議論をするようになった。
管理者アフロディア。
この三人の中で一番の古株は精霊として長き時を経験し、その才能を見出され管理者となった。
女神とも比較されるほどの美貌を持ち、瑞々しい肢体と豊かな胸で妖艶な魅力を振りまく。美の管理者。
ウエーブのかかった蒼く濡れたような黒い頭髪の奥から、星空のような蒼と黒の瞳を覗かせる。
神の系譜に連なる者などと言われることもあるみたいだが定かではない。
まあ、そのような噂が立つのもわからないでもない。というのも、美貌だけでは無く管理者としては些か自由奔放すぎるきらいがあるのが理由だ。
例えば、黄金宮グリトニルで働く多数の管理者を集めて報告研究会が一定の期間をおいて開催される。
仕事の成果を女神へアピールできる場所であり、自分達が受け持った世界とは違った貴重な情報を得られることから、殆どの者が意欲的に参加する極めて重要な会である。
「他に行くところがある」
報告研究会の前日にアフロディアは見惚れるような笑顔でフォルセティへ告げると、フラッといなくなってしまった。
「はぁ⁈」
残されたフォルセティは耳を疑い暫く固まる。
しかし、本当に出掛けてしまったと確信した時は流石の彼も狼狽を隠せなかった。
どこに行ったか皆目検討がつかないので捕まえることも出来ず、彼女が置いていった資料を大慌てでまとめて、なんとか報告研究会を乗り切ったのだ。
帰ってきたアフロディアは悪びれる様子もなくフォルセティへ謝罪をし、ケロッとした顔で何事もなかったように日常に戻った。
これだけみると怠け者の烙印を押されそうだが、気が向いた時の彼女の実力は目を見張るものがある。
今でこそ当たり前となった時間軸のコントロール方法の確立は、多くの管理者から最高の賞賛を集めた。
それまでバラバラだった世界の時間軸の観測する方法を統一化できるようにし、膨大な時間が掛かっていた作業を無くしたのだ。
このような偉業を成すアフロディアを怠け者などと叱責することは出来ず、ある程度のことは許されてしまう。
一緒のチームのフォルセティにはやるせない気持ちもあるが……。
このような事は頻繁に起こり、いつのまにか慣れてしまっていた。
新しく入ったザイオンも、彼女の言動には余程のことでなければ関与しない。
というか、ザイオンは元々、彼女のことに対し期待などしていない節もあったが……。
最後の管理者フォルセティ。
知の管理者と呼ばれる彼は元人間である。と言っても現在観察しているオートピアの出身ではなく、全く別の体系からなる似た世界の出身である。
彼が人間であったときは晩年に聖人と呼ばれるほどの偉業を成し、多くの人々から崇拝されていた。
決して裕福な家庭に生まれたわけではないが、幼き頃より仕事の傍ら勉学に励んだ。
人を思いやり率先して人を助けることを問うまでもなく行う。
知識は人を助けるためと信じ、多くの子供達に教育を施しながら、その世界で無かった
これにより多くの荒地を豊かな農作地へと変えることができ、厳しかった食料事情が改善されて多くの人々の飢えを救う。
それは同時に多くの雇用も生み出して、やがて地域を超えて国自体が活性化されていった。
生活推進も大幅に改善した事で多くの民が命を救われ、人口の増加に伴い豊かな国へと発展する。
その立役者のフォルセティは、聖人と呼ばれるようになり国王との
国王から救国の感謝の意をうけ、国を護る大聖人として重要な要職への誘いを受けるも断り周囲を大いに慌てさせた。
そしてフォルセティはまだ貧しいままの寒村で開拓を続けていた。
変わってゆく世の中を眺めながら、老いた体で毎日変わることなく黙々と働いた。
やがて老衰による死が聖人にも訪れる。
今までを振り返り、自分の限界までやり切った満足と少しの憂いを残しその偉大な人生は終わるはずだった。
――だったのだが……。
目を開けるとそこは眩い光の中、フォルセティは自身の死を理解して、いわば天国と呼ばれる世界へ召し上げられたのだと嬉しく思う。
しかし、思ってもいなかった。死してなお仕事をさせられるとは……。
創造主よりほぼ強制的な天啓を頂き、自分の第二の人生を告げられる事となる。
「辞退します。とは言えませんよね……」
ふとそんな昔の事を思い出したフォルセティは灰色の瞳を細めてくすりと笑う。
それを怪訝な顔で覗く二人に気付き、軽く咳払いをして会議を先に進めることとした。
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