始まりの審判 8/エルフたち

「四方は完全に炎で囲まれ、隠し通路にも火の手が上がっています⁈」

「敵は⁈」

「ヨルダードの手による者! トロールとゴブリンの混合部族のようです!」

「その数は⁈」

「分かりません! ただ正面と裏手から入ってきているようなので、それなりの数はいるようです!」

「くそ‼︎ ……取り敢えず子供達を一箇所に集めろ! 男達は武器を取って迎撃だ‼︎」

「はい!」

「どうする、エサイアス⁈ 早くしないと――」

「分かっている‼︎」


 隠れ里の中心、長い年月により草生し外壁が大木と同化している部屋の一室。

 突然の襲撃にエルフ族の幹部である四名は慌てふためき、混乱の極みとなる。

 一族の身の振り方を決めようと部族の主要な者を集め会議をしていたところ、いきなりの襲撃を受けたのだ。

 取るものも取り敢えず襲撃の一報を知らせにきた若いエルフへ命令を下すと、エサイアスはテーブルへ勢いよく拳を打ちつけた。


(こんなにも早く討伐隊を差し向けるとは…… ヨルダードめ、話し合いもできぬ蛮族が‼︎ 少しでも意に沿わない者は皆殺しというわけか)


 今まさに襲撃されているエルフ族の長であるエサイアス・クレメラは自分の判断に後悔をしていた。

 族長の跡を継いで間もない彼は、テーブルを激情に任せて殴りつけた後、卓上に積まれていた封書を薙ぎ払った。

 我が身の近情と一族への庇護を求め書き記した封書――。

 近しい部族の長たちへ宛て書かれていたが、それはもう無用なものとなってしまったのだ。

 

 興奮し大きく肩で息をするエサイアスは、乱れた髪をかき揚げ、落ち着きを取り戻そうと深呼吸をする。

 腰まで伸びた絹のように美しい髪を大きくひとつにまとめると、金色に輝く髪の間からエルフ特有の横に長い耳が飛び出している。

 エルフは眉目秀麗びもくしゅうれいな種族であるが、とりわけ一族の血が濃いエサイアスは金髪碧眼の美男子であった。

 長命な一族であるエルフであるが、エサイアスはまだ五百年ほどの若さである。

 この部屋に集まり新しく幹部となったエルフたちもエサイアスと同じように若く、この緊急の事態に対応するには経験が足りていない。

 報告に来たエルフが退出してもエサイアスたちは、すぐに動くことが出来なかった――。


 古くからこの森林一帯を管理していたエサイアスのエルフ族は、後に起こった王国の統治を是とせず反発を続けていた。

 それは長年の弾圧を呼ぶ。

 土地周辺の近親者や他魔物へ締め付けをされ孤立し、年々と一族の数を減らしていく。

 そしてついには先代の長でエサイアスの父でもあるウルヤナ・クレメラと側近の長老たちが、国王ヨルダードにより半年前に反逆者として処刑されてしまったのだ。

 

 先代の死は、まさに青天の霹靂へきれきであり、一族が二分するほどの大事件となった。

 ヨルダードの軍門に降る者。

 そして先代の意思を引き継ぐ者と別れる。

 エサイアスは意思を引き継ぐ保守派の若きリーダーとして擁立された。理由は簡単で先代の息子であると同時に長の資質も持ち合わせていたからであった。

 しかし、人を惹きつけるカリスマ性と父譲りの高潔な性格が彼の資質であったが、それが災いしてしまう。

 

 彼の性格からして難癖の様な理由でウルヤナが処刑されたこと、この先を憂い一族を率いて国からの脱出を決意したは当然のことであろう。

 彼がヨルダードへ表面上だけ忠誠を誓えば。そう、ずる賢く生きられれば事態は違ったかもしれない。

 しかしエサイアスはそれが出来るような器用な人物ではなかったのだ。

 自分たちの非が無いにも関わらず、頭を下げることなどする必要がない。

 しかし、その考えは通用しなかったのだ。

 ヨルダードは逆らった者の首根っこを捕まえて、非の無い頭を無理やり下げさせる。いや、頭を下げさせた後に殺す……。圧倒的な武力を持ってすべてを踏みにじることが出来るのだから。


 ヨルダードに逆らうことは死を意味する。

 それを広めるため、恐怖で統治するために、少数の部族であろうが生贄となるのである。


(――今はこんなことを考えている暇はない。一人でも多く逃さなくては……)


 頭をブンブンと振って自分に言い聞かすと、不安そうにこちらを見ていた幹部たちへ指示を出す。


「聖なる洞窟まで全員で撤退だ! 女子供を中心に入れて守りながら向かう」

「しかし、少し距離が……」

「表と裏を塞がれてしまっているのだ。洞窟にさえ入れば一方向の敵に集中できる。そして洞窟を走り抜けて川岸の出口まで撤退する。男達を盾にして向かうぞ」

「出口も包囲されてしまっているのでは……?」

「では、ここで座して死を待つというのか⁈ なんとしても活路を見出すぞ!」

「そ、そうですな! 直ちに!」


 エサイアスと幹部たちは弓や短刀などの武器を手にとり勢いよく外に飛び出した。

 各々が混乱している同胞を捕まえて指示を出し、先ほどの決定に従い皆を動かす。しかし、至る所から悲鳴は上がっており、殆どの者が恐慌状態に陥っていることがわかる。

 どこに逃げれば良いのか分からず、ただ目の前のトロール達から逃げるために右往左往をするだけであった。


「皆! 落ち着け――! おい! 聞け――! くそ、これでは……」


 エサイアスが大声を張り上げるも、怒号や悲鳴でかき消されてしまう。

 手に持った弓を血が出るほどの力で握り締め、決意を持った眼差しで走り出そうとした時、思わぬ方向から声がかかった。


「この騒ぎ…… どうしたの?」


 黒い衣服の少女が声をかけてきたのだ。

 

 エサイアスの率いるエルフ族が一時的に身を隠したこの隠れ里は、非常用の隠れ家であり普段は誰も住んではいなかった。

 そこに「誰もいなかったから……」とエルフ族の許可無く居ついていた女性。

 人形のように表情が無く、とにかく無口であったが、エルフにも引けを取らない、いやそれ以上の美貌を持っていた。

 この少女もまた身を隠す場所を探していたようで、彼女に敵意がないと分かるとエサイアスは滞在を許していた。

 何かと便利な里の中心に部屋を用意してやったのだが、中心から一番外れた場所の方が良いと物置小屋に住み着いていた変な女。


「ああ、あんたか。詳しく話している暇はないが、トロール達の襲撃を受けている。私たち部族がヨルダードの命令に従わなかったので、討伐隊を送り込んできた…… 我々は洞窟まで皆を連れて行く。ここにいては危ない。あんたも一緒に来い」

「私は……」


 少女が答えようと口を動かしたと同時に、より一層の大きな悲鳴が聞こえた。

 二人が未だ続く絶叫へ顔を向けると、木を掻き分けて大柄なトロールがのそりと姿を現した。

 その手には男のエルフと思われる髪を掴まれた生首が三つぶら下がっている。

 濃密な血の匂いでむせ返りそうになり、恐怖の表情を宿し無残にも首をはねられた同胞の姿を目にしてエサイアスは胃からもこみ上げるものがあった。


「ぐっぐっぐ! 居だ居だ〜〜〜〜〜」


 一メートルほどある重厚な刃を持つ大鉈から鮮血を滴らせて、気色満面のグルが二人を見つけると、のそりのそりと近づいてきた。

 太く長い舌をベロリと回し、返り血に染まった顔でエサイアスと隣にいる少女を見つけてニヤリと笑う。


「お゛お゛…… 随分ど美じいじゃないが。ゔへへへ、ごれはなぶりり甲斐があるわ」


 まるで嘲笑うかのようにポイっと生首三つをエサイアスたちの足元へ投げ捨て、大鉈を肩に担ぐグル。

 エサイアスは自分の倍ほどある下卑た顔のトロールを見上げ、憤怒の表情で怒りを叩きつける。

 

「この化け物め! よくも私の同胞を…… ここで殺してやる!」


 背中に担いだ矢筒から三本の矢を引き抜き、グルへ向けて弓を引き絞る。

 弓を構えたエサイアスへ少し驚いたグルは、男だと分かると渋い顔をした。


「お゛め゛えはお゛どごが…… な゛ら゛用はねぇな゛」


 グルが担いでいた大鉈を振り下ろそうと腕を高く上げ、エサイアスが矢を射る直前――。

 黒い衣装を着た少女、デルグレーネが二人の間に入りグルを見上げた。

 思わぬ行動に固まる二人を他所に、涼しい顔をして大鉈を振り上げているグルへ問いかけた。


「ねえ…… 他人を簡単に殺す、あなたの生きる意味を教えて……」

「あ゛ん゛?」


 思いがけない問いかけに困惑するグルであったが、それはエサイアスも同様であった。

 答えが帰ってこないため、違う言い方で問い直す。


「……何のために生きているの?」


 暫く時が止まったような時間が過ぎ、グルが何かを理解したように笑い出した。


「ぐっぐっぐ! 変なお゛ん゛な゛だ…… ぐっぐ! ぐぁははははは――!」

 

 まさに腹を抱えるくらいの大笑いをすると醜悪な顔をより下品に歪めて、その顔をデルグレーネへ近づける。


「恐怖でぐるっじまっだのが…… ぐっぐ! まあ゛いい。俺が生きでる理由が? ぞれは…… お前らみたいな弱っちいやづらをなぶっで殺ずだめよ゛」

「…………?」

「だがら、お゛前を犯してたっぷりと悲鳴を聞ぐ。ぞの後に殺すごどが全てだ」

「……そう。 ……襲ってきているのは、あなた達だけ?」

「ぐっぐっぐ! いや、森の入り口、ほがにもいるぞ〜 お゛ま゛え゛だちは、逃げらんねえ! ぞんなごど考えても、俺が逃さねえがら安心じろ! そ゛の゛綺麗な顔を苦痛に歪めでやる――」


 デルグレーネの鼻先まで顔を近づけて、その透き通るような白い頬を舐めようと長い舌をいややらしくベロりと出した。

 しかし、ウネウネと動かし近づくグルの太い舌は、少女の頬を舐めることは叶わなかった。

 一瞬何かが通り過ぎたと思った瞬間、グルは自分の舌が空中に浮かんでいるのを見る。そしてそれがゆっくりと落下していくのを不思議な気持ちで眺めていた。


「ん゛ん゛ん゛?」


 やがて口の中に鉄のような味の熱いものが溢れるのを感じると、同時に激痛が走る。

 硬化して刃となったデルグレーネの爪がグルの舌を切り落としたのだ。

 切り落とされた舌は地面に落ちると、残った根元は萎縮して口の中へ引っ込む。

 そして口の中で盛大に血を吹き出し、グルの呼吸を困難にした。


「ごぼっ…… お゛ま゛え゛――‼︎」


 握っていた大鉈を落し、口から溢れるように流れる血を両手で止めるように覆い、デルグレーネへ叫ぶ。

 怒りで顔を真っ赤にしているグルは、自分の舌を切り落とした生意気な女を睨みつけた。

 しかし、向けられた凍てつくような眼差しから異様な迫力と殺気を感じ取り、背筋にゾクリと悪寒が走る。


「そう…… 私を殺しに来たのね…… じゃあ死ね」


 ゾッとするような死の匂いを感じたグルは、落とした大鉈を急いで拾い上げようとしゃがみこむ。

 慌てて右手で拾い上げ、膝立ちにとなり立ち上がろうと顔を上げると、そこには青白く輝く魔法陣が目の前に浮かび上がっていた。

 その異様な光景に動きが止まり、全身からどっと汗が流れ出る。

 グルにとって初めて見る魔法陣は、余りにも美しく余りにも恐ろしく感じた。

 何が起こるか分からない…… しかし、自分の命が危ういと本能的に覚えたのだ。


「うが…… や゛め゛ろ…… や゛め゛でぐれ――!」


 自分の死を感じ取り、懇願するグル。

 しかし、願いとは裏腹に魔法陣は美麗な文様と文字を幾重にも変化させ、やがてその完成を告げた。


「【ゲヘナ・フレイム】……」


 灼熱の炎が魔法陣から大砲のように吹き出し、グルの顔、いや頭を吹き飛ばす。

 首から上がなくなった胴体は、ぐらりと揺れると大きく音を立てて背中から倒れ、やがて大きな炎に包まれた。

 放たれた炎はグルの頭を吹き飛ばしただけでは収まらなかった。

 殺戮する意志をもった炎は、まるで龍が暴れるように、グルの周りに集まっていた他のトロールとゴブリンを喰らい尽くした。


「あ、あんたは、一体……」


 絶叫、多くの叫び声が上がる中、腰を抜かしたエサイアスがデルグレーネを見上げながら呟いた。

 彼女の双眸からは先ほどまでの凍てつくような冷たさは無くなり、また人形のような無表情へ戻っていた。


「……こいつらだけじゃない…… 敵は他にも居るから…… 皆んなは逃げて。私が……」


 そうエサイアスへ告げると背中から黒い翼を出し、ゆっくりと空中へ舞い上がる。

 両手の爪を伸ばし鋭利な刃とすると、周りを見渡し標的を定めた。

 グルを殺され動揺しているゴブリンたち。

 いきなり目の前で仲間が燃やされパニックに陥っているトロール。

 それらに気がつかず、楽しそうにエルフを追いかけているホブゴブリン……。

 この里に襲ってきた全ての魔物を刃と化した両の爪で切り裂くと、一気に上空へ駆け昇り、エサイアスの前からその姿を消した。

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