始まりの審判 7/エルフ討伐隊

 時刻は昼を直前に迎え、ジリジリと肌を焼くように太陽が一段と照りつける力を強める。

 日差しを遮るものが無い場所では額に汗を浮かべる者もいる中、直立不動でゾマンの前へ立つゴブリンの背中には大量の冷や汗が流れていた。

 

「まだ見つからんのか!?」


 エルフ族の討伐命令を受けたゾマンは、野営地の天幕の中、憤懣 ふんまんやるかたないといった表情で報告に来た伝令兵のゴブリンを睨む。

 天幕と言っても上等ではない布が何枚か重ねられた簡易的なもので、高く昇っている太陽の日差しを避けるくらいしか役に立っていない。

 風や人目を阻む隔壁や出入り口などない、明け透けのものである。

 ゾマンはその中心に地面へ布を引いて、その上にどかりと腰を下ろしていた。

 横には給餌のために連れられたホブゴブリンの女性がゾマンの手の中にある杯へ酒を注いでいる。

 

「はい、なにぶん知恵のまわるやつらでして……」

「チッ! グルの奴はどうしてる? 暴れてねーだろうな?」


 ゾマンへ弁解をするとギロリと睨まれた伝令兵のゴブリンは、さらに探索部隊の指揮を任せられたグルの様子を聞かれ、顔を蒼ざめさせて言葉少なく答える。


「はっ、はい。グル様も探索に時間がかかっていることに少々苛立っているようで……」

「ふん、まあ奴は大人しく待てるような理性もないからな…… 仲間を殺さなければ良いが……」

 

 ゾマンの独り言のように呟いた言葉に、身を震わす部下たち。

 特に先ほどのゴブリンは、これからグルの元へ帰るため自分の身を案じて殊更大きく震えた。


 王命により八日前にゾマンが治める村を出立し、二日前にここ深い森の入り口へ到達。

 高台となるこの地を本営として、標的となったエルフ族の探索と討伐へ向かわせた。

 本営に百名ほど残し探索を各十名で三つの部隊に振り分けると、その後方に戦闘部隊約五十名を控えさせ、目の下に広がる森へ兵を進めさせている。

 敵の情報として聞いているのは、王の意向に従わず逃げ出したエルフ族ということ。

 その数、老人と女子供合わせて二百名ほどの人数。

 エルフにも戦える者もいるだろうが、それはどれほどの数がいるだろうか。

 全てが兵士の討伐部隊八十名との戦力差はかなり大きいだろう。

 そのためゾマンは、討伐部隊が敗走し、自分たちが戦闘をすることなど夢にも思わない。

 ここ本営において先行させた部隊の討伐完了報告を気楽に酒を飲みながら待つこととした。

 

「しかし…… 弱いくせして王に従わぬとは、馬鹿なやつらだ。……まあ、命令を遂行すれば王の覚えもよろしくなるだろう。美味しい仕事だぜ」


 ゾマンは側近のトロールと高笑いをしながら手に持った酒をあおると、天幕から大声で部下達にも酒を飲むことを許す。


「お前らも暇だろう。酒でも飲んでグルたちがエルフの首をぶら下げて帰ってくるのを待っとけ」

「「おおおー!!!」」


 ゾマンの豪放な一言にトロールやホブゴブリン、ゴブリンといった配下の魔物は声を上げて喜び、地面に座り込んで酒盛りを始めた。


 トロールという種族は三メートルを超える巨体と強大な力を持つ魔物である。

 ゾマンは取り分けその中でも異常個体として生まれてきた。

 成長スピードが早く、体躯も他のトロールと比べてひと回り以上大きく、その力は並外れていた。

 トロール自体もともと強靭な肉体であるが、ゾマンはその強靭な肉体に加え特に肩周りが異常に発達している。

 その剛腕から放たれる一撃は比類なき破壊力を持ち、幼少の頃より大人のトロールを凌駕するほどの力を与えられて生まれた特別な個体であった。


 強き者が長になる。

 戦闘部族特有のしきたりに沿ってゾマンは成人を前にして族長となり、一族を率いてきた。そしてその力に屈服し服従する他のトロール部族や、圧倒的な力に惹かれ自らその力の傘下に身を寄せるゴブリンなど吸収し、いつしかゾマンを頂点とした大きな村落へ成長していった。


 やがて王都までその強さが知れ渡ると、王から近隣一帯の統治を許される。

 しかしその代価として他国遠征や有事の際には最前線へ兵を率いて戦いに赴く、王の為の傭兵団となることが条件であった。

 過去に一度、反旗をひるがえしたこともあったが、王直属の部隊が派遣されてあえなく制圧された。その力の差を痛感し王への忠誠を誓うこととなる。

 以来、傭兵団として都合よく使われているのだが、生来が好戦的な種族本能を持つトロールであり、ゾマン自身が凶暴で戦闘狂であるため悦んでその任務をこなしていた。

 そうして今回も王の意に従わないエルフ族の討伐命令を受け、自分たちの村からは遠く離れた山中に赴いていたのであった。


    ◇


 ゾマンより斥候を命じられた探索部隊は、一晩を捜索しながら森の中で過ごし、ようやく山中深くでエルフたちを発見していた。

 注意深く相手に悟られぬよう後方で待機していた討伐部隊へと合流し、作戦を検討するため探索部隊の隊長三名、そして今回の全権を任された討伐部隊の隊長グルとその副長二名の計五名が切り株をテーブルにして落書きのような地形図を眺めていた。


「やっど…… 見づがったが! 待ちくたびれたぜ……」

「魔法を使える者がいるようで、集落の入り口に幻術がかかっていたので発見が遅れたようですな」

「どういうごどだ……?」

「その…… つまり、見えなくしていたのです!」

「な、なるほど…… 小癪こしゃくな真似を……」

「それで…… この後はどのように動きますか?」

「あ゛あ゛? 決まっでるじゃねえが…… ぐっぐっ!」

 

 部下に今後の方針を問われると、ニヤリと表情を変え返事とする。

 心底嬉しそうに下卑た笑いを浮かべるこの男が隊長へ任命されたグルである。

 ゾマンと同族であるトロール兵の一人で隻眼せきがんの戦士。

 恵まれた巨体を誇り、ゾマン配下では五本の指に入る強者である。

 しかし、気性も激しくその凶暴な性格で扱いが難しいため、たびたび仲間内でも頭痛の種となることが多い。

 討伐部隊五十名を束ねる隊長として任命されたが、知能は低く実質的に取りまとめるのは副官についたホブゴブリンたちであるのは誰もが知る所である……。

 今回も野営地に本営を設営して最初の作戦会議場で「待っでるのは性に合わねえ。俺が行ぐ!」と言い出し、他の意見など頑として聞かなかったので、ゾマンはグルの我が儘わがままを許した。

 ゾマンはグルを特別に贔屓しているわけではない。本心は……。

 

(まあ、強さは確かなので不覚を取ることもないだろう。まして今回の命令は殲滅だしな…… グルには存分に暴れてもらって溜まっている鬱積うっせきを晴らさせる丁度良い機会か…… しかし、相手にとっては悪夢でしかないがな)

 

 などとグルの我が儘わがままで顔は苦虫を噛み潰したように眉間へシワを寄せていたが、内心では丁度良い人選だとゾマンは密かにほくそ笑んでいたのは秘密だ。


 グルと四名の隊長達は、おおよそ軍略会議とは呼べないただの申渡しをしただけで、グルは配下の者どもへ戦闘準備の号令をかける。

 今から始まる一方的な蹂躙じゅうりんを心待ちにしていたグル直属の者たちは、やはりグルと同様の下卑た笑いを浮かべながら各々が指定された配置についた。

 三十メートル以上の大木が立ち並び、どこか神聖な雰囲気が漂う森の中。

 外界から拒絶するように切り立った崖に囲まれて、広くない入り口が巧妙に隠されていた。

 外周を大きく回り込み、三カ所ほど中へ侵入できる場所を確認している。

 その全てに、どちらかと言うと暗い洞窟や大岩の並ぶ荒れた地が似合うトロールとゴブリン達が松明を手に等間隔で並び、今か今かと号令を待ち望む。


「裏手も囲み終わりました」

「よーじ、火を放で! 逃げられねーように!」


 グルの号令で一斉に火を放つと、予め撒いておいた油が勢いよく炎を大きくし、森の木々を焼いて行った。

 エルフたちの隠れ里を中心に円を描いて、大きな炎の壁が立ち昇ったのであった。

 

「ぐっぐっぐ! よーじ、突入ずるぞ!」

「「「「「うおおおお――――――‼︎」」」」」


 木々が揺れるほどグルの大きい掛け声に反応をし、いざ突入しようとした刹那、再度同じような大声が響き配下の者どものその足を止めさせた。

 

「あ゛ー、おめーらに言っどぐ! エルフの奴らを見づげでも、簡単に殺すんじゃねーぞ!」


 あまりの驚きで時が止まったように固まるトロールやゴブリン。

 まさかグルの口からそのような言葉が飛び出すとは思いもよらない兵士たちはその場に立ち尽く、一様にグルの顔を直視した。


「いいがー! 今日の獲物はエルフだ! 女を見づげだら殺さずに連れでごい! だっぷりど可愛がっでがら殺しでやる! 男どもには用はないが、可愛がっでるどごろを見せつけでから殺せ! ゲハハハ――」

「「「「「……⁈ おおお――‼︎」」」」」


 グルの下卑た性癖全開の二言目は、固まっていた兵士達の体を動かした。

 自分たちの指揮官であるグルが如何かしてしまったと思ったが、いつもと同じく残虐で殺戮を欲している言葉に安堵と興奮を覚える。自分たちもおこぼれにあずかれると。

 血走った眼をギラつかせ、口の端からよだれを垂らしながらトロールとゴブリンの兵士たちは我先にとエルフが隠れている森の中心へと突入をして行った。

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