始まりの審判 6/ブランとカルバラ2
非道な者達から村は襲撃され、幼きカルバラたちを命を賭して守った両親達。
その命日から十四年ほどが経ち、ブラン二十五歳、カルバラは二十四歳と共に屈強な戦士として成長を遂げた。
いつしか彼らの周りには庇護を求めて力の弱い同族が次第に集まり、ちょっとしたコミュニティも出来上がっていた。
戦いで怪我をした者、彼らと同じ様に村を襲われ身一つで逃げ出した家族など、およそ百名ほどの小さな集団。
その多くは女子供、そして老人たちであった。
流浪の旅を続け定住することのなかったカルバラとブランは、一人一人と大きくなっていく仲間の数に限界を感じるようになる。
そこで、自分たちの奪われた、かつての生まれ故郷へ帰還することを思いつく。
しかし、村と現在地の距離は遥かに遠かった為にカルバラとブランは大いに悩んだ。
幼い子供、年老いた老人、怪我人が旅に耐えられるのか……と。
さんざん思い悩んだ結果、他に目ぼしい土地は思い当たらず皆を連れての大移動を決断した。
怪我人や子供、老人も含めた全員を引き連れ、かつての村を目指す旅は過酷なものであった。
しかし、魔物に襲われればブランが対処し、食料が尽きればカルバラが工夫し皆の空腹を満たした。
道中で隠れ住んでいた同族も吸収することで、数は膨れたが男手も多くなり移動スピードは上がる。
いつしか出発した時から倍ほどの数となって、遂に目的地へ到着したのである。
幾度となく望郷の念にかられた故郷。
愛する家族と幸せな日々を過ごした村。
全てを奪われ逃げ出した場所……。
カルバラとブランは、複雑な思いを抱えて村の入り口である洞窟を進むと、目の前へ広がる光景に息を飲んだ。
そこで目にしたもの……。
無残にも焼け捨てられ、荒れ放題の土地であった。
植物が生い茂り、道も無い状態の場所を昔の記憶を辿りながら用心深く歩く。
もはや以前の活気ある村からは見る影もなかったが、危惧していた他の魔物が住み着いていることも無かった。
襲撃してきた魔物たちは、本懐を遂げたあと、留まることなく次の獲物を求めて移動したのだろう。
幸運だったのは水場などは無傷であったことだ。
こうして旅を続けていた集団は、この地を定住の地とするために新たな村づくりを始めたのだ。
村人全員で作業を開始し、一年後には村は見違える様に復興していた。
彼らが幼き頃の村のように、子供たちが駆け回り、大人たちの笑い声が響く。
彼ら二人が無くした過去。それが蘇ったようであった。
カルバラとブランの二人は、ここで初めて自分たちが求めていたことに気がつく。
それは何の変哲もない彼らの日常であったことを。
幾度となく死線を超える戦いを経て、手にした力の意味。
子供達の笑い声が絶えることのないこの光景を終わらせないためだったのだと。
――しかし二人の平穏な日々は、嵐の様な猛威に飲み込まれ潰えた。
急速にその力を拡大していた『オーガ・ロード』ヨルダードの軍勢。
ヨルダードを筆頭に強力なオーガ中心の戦闘集団を中核とした、ゴブリン、コボルト、オーク、トロール、ハーピー、リザードマンなど…… 多くの他種族が混同した大軍。
その兵数は五万を優に越していた。
ヨルダードがユーダリル王国の王座を奪わんと挙兵し、進行していた先に彼らの小さな村があったのだ。
大軍が通れる様な平地から幾分と森の中に村はある。
争いに巻き込まれるのはごめんだと、カルバラ達は見つからない様に息を潜めて身を隠す。
村人全員で祈りながら大いなる厄災が通り過ぎるのを待った。
しかし、祈りは届くことなく鼻の効くオークの先遣隊に発見されてしまう。
先遣隊は軍勢の規模と戦前の高揚で、目の前の小さな村にいる住人を舐め切っていた。
自分たちだけで下卑た欲望を発散させようと報告などせずに村へ侵入する。
オーク達は次々と襲い掛かったが、ブランとカルバラにより瞬殺される。
先遣隊が戻ってこない事で、探索に別の小隊を向かわせるが、またもや帰還しない。
数度と繰り返した頃、ヨルダードの耳に届いてしまった。
強者の匂いを嗅ぎつけ興味を持ったヨルダードは、自身の精鋭部隊二十名を引き連れてカルバラたちの村へ出向いたのだ。
カルバラとブランの前に現れたヨルダードは紛れもない強者であった。
一対一の闘いならカルバラとブラン共に勝てる可能性は低い。
しかし、二体一ならカルバラとブランが勝つ可能性は高い。
しかし、ヨルダードが勝った。
それはヨルダードの圧倒的な力に加えて、彼が率いている精鋭部隊もまた強かったからである。
勝たなければ、負けることは即ち死を意味する。
負ける事が許されない戦いで卑怯もへったくれも無い。
相手が強ければ数で押せばよい。
ヨルダードは二人の強さを図ると、引き連れていた精鋭部隊へ攻撃開始の命を下したのだ。
そして、カルバラたちへ同じ様に村人が戦いに参加することを認めると。
しかし、カルバラとブランは、なまじ自分達が強すぎる為に共闘できるほどの仲間はいなかった。
戦士は何人もいたが、狭い範囲で連携を取る様な戦いについて来られる者はいない。
なので彼らは村人の参加は必要ないと拒絶する。
何より、カルバラとブランは二人であれば二十名ほどの敵など蹴散らせる自信があった。
戦いが始まり、二人は直ぐに気がついた。何かおかしいと……。
いつも通り連携を取ろうとしても上手く行かない。
統率の取れた動きでこちらの攻撃を封じられ、巧妙に隙を突かれて次第に二人の距離は遠ざかる。
二人は互いの背を預け対となり攻防一体で戦ってきたからこそ、数的不利を克服できた。
遠く分断されてしまっては如何しようもない 。
カルバラは地形や道具を巧みに利用して、ブランは尋常でない剛力を見せつけ反撃をするが……。
ヨルダードと配下の深く繋がった連携攻撃の前に防御一辺倒となり、徐々に体力を消耗されていった。
カルバラとブランは見誤ったのだ。
個の力は二人の方が格段に上。しかし統率の取れた集団の力は何倍もの力を発揮する。
連携など二人にしか出来ないと思い上がり、『自分が強くなる』ことのみ追求してきた。
ヨルダードの力はそんな二人の心を砕き、本当の意味での強さを履き違えていた事に気付かせた。
個の強さには限界がある。そして強さの形は一つだけではない。
なにか腑に落ちて、悔しさより清々しい気持ちが二人には湧き上がっていた。
こうして一時間にも渡る死闘は、ヨルダードの勝利で幕を閉じた。
完膚なきまでに叩きのめされたカルバラとブラン。
死を覚悟していた二人へヨルダードは軍門に下るように言い渡すが、二人は首を横に振り拒絶した。
自分たちの命と引き換えに、村人の命は助けてくれる様に懇願したのだ。
「ふむ」と思案したヨルダードは、ニヤリと笑いながら一つの条件を提示する。
「やはり貴様ら二人は私の配下となれ。さすれば貴様らの村人全員を儂の庇護下に置いてやろう」
断れない条件を提示され、こうして二人はヨルダードに忠誠を誓うこととなった。
◇
「帰って来たばかりなのに直ぐに遠征させなければならん。……すまないな」
デルグレーネの情報をあらかた話終えて、カルバラは机の上に広がる地図を片付けながら、軽く伸びをしているブランへ気遣うように言葉をかけた。
お互いの地位を脱ぎ捨てた、ただの幼馴染としての言葉で。
「ん? ああ、気にするな。その為の役職でもある訳だしな」
ブランがユーダリル王国第三の都市ラハティの防衛任務に出て数ヶ月。
進行してきた敵軍を滅ぼし、街を再興している最中での呼び出しと、新たな命令。
その心労を心配したカルバラの気持ちにブランも応える。
「カルバラも相変わらず忙しそうだな? しかし、机の前ばかりでは体が鈍るぞ。たまには外に出た方がいいんじゃないか?」
「ああ、たまには昔みたいに一緒に暴れたいと思うんだがね…… もう体がついて行かないよ」
「ふははは! なら俺が厳しくしごいてやる。なぁに、一ヶ月もあれば昔の勘を取り戻すさ」
「名高いブラン将軍の地獄のしごきは
両手を広げて、降参といった態度で首を振るカルバラ。
その戯けた態度にブランは机を叩いて大笑いする。
その姿を見たカルバラも楽しそうに笑った。
笑いが笑いを呼び、しばらく小さな子供のように笑い続けていた。
気の済むまで笑い合った後、落ち着いたブランが茶を持ってくるように扉の外の衛兵に命令する。
遮音されれた部屋の中から獅子の耳をピクピクと動かし、足音が遠ざかると、背もたれへ大きく体を預けた。
「しかし…… それ程のモノなのか?」
先程までの柔かな雰囲気はガラリと変わり、真剣な顔つきでカルバラに尋ねる。
外にいるオークの衛兵には聞こえなかっただろうが、自分たちの優れた聴力を基準にすれば遮音と言っても聞こえる。そのために人払いをした。
二人だからこそ見せる素の表情と疑問に、カルバラも苦虫を噛み潰したような表情で応える。
「……正直わからない。だが、資料を見る限りではとんでもない化け物だと思うよ。現時点でその力は未知数だ……」
「何者なんだろうな……」
「それも分からん。敵国からの刺客と考えたがそれも違うと思う。どうもその姿が見えない。得体の知れない……」
「……魔人と見るか?」
ブランの問いに力強く頷く。
「ああ、それは間違い無いと思うよ。今まで見たことも聞いたこともない成長をしている。
「……では、相対するまでその強さを図ることは出来ないということだな」
「そうだ。決して一人の魔物の強さを基準において戦わないでくれ。ブランとの対決の前にどのような進化をしているか分からないからな」
「……厄介だな」
「それにゾマンの部隊がエルフの討伐に出向いている。下手をすれば…… 無事でいてくれるといいのだが」
「なんだ? ゾマンの心配か? 嫌いだったのだろう」
「ふふっ。好きではないが、嫌いではないよ。違う。私が心配しているのは――」
「分かっているさ。ゾマンたちを喰って更に力を付けるということだろう」
「…………」
無言となり視線だけで答えを返す。
それを受けてブランは自分の膝を叩き、やおら立ち上がった。
「さて、それでは早々に出立するとしよう。悪いが食料の手配だけは頼む」
「勿論任せてくれ。それくらいしか私にできることはもう無――っ!」
謝辞を言い終わらないうちに、ブランの大きな手がカルバラの背中を勢いよく叩いた。
「ゲホッ、ゲホッ…… 何を――」
咳き込みながらぼやくカルバラにブランはニンマリと笑う。
「早々にそのデルグレーネとやらを倒してくるから、酒の用意をしておいてくれ。樽でな!」
得体の知れない魔人の相手をブランに任せること。そして一人で戦いへ向かわせること……。
カルバラにとっては非常に辛い判断であった。
そんな気持ちを汲み取ったブランは、何も心配するなと笑ってくれた。
(ブランを信じよう。そして、ゾマンたちがデルグレーネに会う前に戦えることを祈ろう……)
心の奥底で徐々に大きくなる不安を振り払うよう、カルバラは初めて神という存在へ祈ったのであった。
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