ESCAPE
シンカー・ワン
切り抜ける
月の冴える夜、追われ追われて追い詰められて、逃げ込んだのは廃ビルの一階。
事務所だったのだろう、放置されてたロッカーや事務机で出入り口を塞いだところで派手な銃声が鳴り響く。
追って来た連中がバラまいた鉛玉で窓のサッシが吹っ飛び、わずかに残っていた割れガラスも跡形なく、嫌になるくらいに風通しがよくなる。
長年の風雨と陽射しに耐えたコンクリも銃弾のラッシュには勝てなかったか、あちこちグズグズだ。
二間続きの奥側に逃げ込んで正解。とは言い難い、むしろ袋小路に追い詰められたか。
外から罵声が聞こえてくる。もう逃げられないとか覚悟しやがれとか、まぁよくある脅し文句が並べ立てられていく。
――どうして、こうなった?
振り返っても詮無いこった。組織のあがり、その上前を撥ねようとしてしくじった。ただそれだけ。
裏切りの代償はてめぇの命、ってのが裏社会のゆるぎない法則。
けど、この場を切り抜けられれば、ちったぁ永らえられるかな?
運にかけるのも悪かぁない。うん、悪くない。
追っ手はおそらく十数人。多く見積もっても両手と両足の指の数程度だろう、希望が
銃把から指を緩め、マガジンリリースボタンを押して弾倉を抜き残弾を確かめてから戻す。
十発、薬室に装填してあるのと足して十一発か。
ジャケットのポケットにはホローポイント十七発入りの予備弾倉がふたつ。
あとは尻ポケットに突っ込んでるバックアップの
――充分だ。やってやれねぇこたぁねぇ。
再び銃声、どうも連中は拳銃しか持ってきちゃいないようだ。
狙って当ててくるような奴も居やしないだろうし、運が向いてきたか?
この賭け、そこまで分が悪くもなさそうかも? 天秤はこっちに傾きかけてる。
撃ち方
手のひらの汗をズボンで拭い銃を握り直す。長年連れ添ってきた
頼むぜ、一緒に奇跡を起こそうじゃねぇか。
最後通告を無視したことで近づいてくる複数の足音、三人くらいか? 出入り口のバリケードを実力で排除する破砕音と怒号が耳に届く。
そいつを合図に、窓枠より低く――外から狙われないため――腰を落としたままの姿勢で奥の部屋から飛び出す。
崩れたバリケード向こうの聞き覚えある声――率先して恫喝してた奴、おそらく追っ手のリーダー格だ――に向かって引き金三回。
大声に
呻いてるのを蹴倒して屋外へ飛び出す。
倒れたリーダー格のそばで間抜け面晒してた野郎の腹へ一発二発、無力化。さらにその後ろでパニクってた小柄な奴にとっつき、あご下から一発プレゼント。
まさかこっちが正面から反撃に出るとは思ってなかったのだろう。虚を突かれ生まれた一瞬の間ののち、遠巻きにしてた連中が我に返ってこっちめがけて引き金を引いてくる。
が、撃ちだすまでに三人もやれた、しかもリーダー格をつぶせた。このタイムラグの恩恵はでかい。
あご下から一発入れた奴を担ぎ、盾にして離れてた連中に近づきながら狙いもつけず四発ぶっ放す。当たらなくてもいい、牽制だ。
盾が盾の役目を果たしている間に急ぎ慌てず弾倉を換える、
撃つ仕度してて撃たれたんじゃ本末転倒。残弾幾つで何回撃ったか、命惜しけりゃ覚えとくもんだ。
肉の盾から伝わってくる着弾衝撃の方向めがけて四連射、悲鳴が上がったのでどれかに当たったのだろう。ツキもむいてきたか?
仕事を終えた死体の盾を放り捨て低い姿勢のまま狙って三発。腹に食らった奴がひっくり返ってもだえ苦しむ。
ホローポイントはメタルジャケットに比べ貫通力は劣るが殺傷力に優れる。着弾の衝撃で変形した弾丸が体内を破壊するためだ。
だから細かな狙いはつけなくていい。胴体って一番でかい的に当たりさえすりゃどうにかなる。
人道軽視の民間向け実包、万々歳。
けどこっちは無傷なんて都合良くいくはずもねぇ。
身体のあちこちに灼け火箸当てられたような痛み、何発かは喰らったが急所は外れてるようだ。
とは言えアドレナリンが出まくって痛覚が鈍っている間に片付けないと、いずれ身動き取れなくなる。
統率する頭のいない今がチャンス。動け、動いて撃ちまくって数を減せ、切り抜けろ!
ぜってぇに逃げ延びてやる。奇跡を呼び寄せる切り札はこの手の中!
ESCAPE シンカー・ワン @sinker
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