第40話 姉様(5)

 現在に戻る。

「料理のメニューはウグイスやカワセミに教わって主人の国の料理を作ることにしたの。聞いたのをイメージしてアレンジする感じだけど」

 フレンチトーストもウグイスの拙い説明を聞いて再現したのだと言う。

「凄いよね。自分で言うのも何だけどあんな説明で作れちゃうんだから」

 一体、どんな説明だったのだろう?とナギが目を細めてウグイスをじっと見る。

「結構、大変だったんだよ」

 アケは、唇を尖らす。

「せめて献立本でもあれば楽だったんだけど」

「基本的に私達の国って素材を素材のままにって感じだからね。料理ってお店に行かないと食べないから」

 つまり日々の食事と言うよりは嗜好品に近いと言う事か・・食文化の違いにナギは舌を巻く。

 アケも初めて猫の額に来た時に死んだばかりの鹿を出された時の事を思い出し、苦笑いを浮かべる。

「アケのお陰で本当に食べるのが楽しくなったよ」

 ウグイスが笑みを浮かべて言うとアケは恥ずかしそうな頬を赤らめる。

「そ・・・そんな訳でお祝いの準備は着実に出来てるんだけど・・肝心の贈り物が出来てないの」

 アケは、蛇の目の視線を落とす。

 ツキに何か欲しいのがないかと聞いても、元々が物欲と縁がないために「特にない」と返され、「アケがくれるものなら何でもいい」と言われてしまう。

 嬉しい反面、本当に困る。

「だからね。内緒でコーヒーカップを作ることにしたの」

 聞き慣れない言葉にナギは眉根を顰める。

 それに気づいてアケは慌てて言い直す。

「コーヒー専用の湯呑みのことよ。主人の唯一、好きな物って言ったらそれだから」

 色々悩んだ末にたどり着いたのがそれだと言う。

「うんにゃ。アケの事も好きだと思うよ」

 ウグイスがにやっと笑いながらチャチャを入れるとアケは顔を真っ赤にして「もうっ」と頬を膨らませる。

 そのやり取りにナギは、表情険しく、奥歯を噛み、手をきつく握りしめる。

 その様子に気づき、アケは首を傾げる。

「どうしたの?」

「何でもありません」

 ナギは、誤魔化すように咳払いする。

「しかし、その・・・カップと言うのはコレの事ですか?」

 ナギは、アケがコーヒーを淹れてくれた青い陶磁のカップを持ち上げる。

「そうよ。白蛇の国じゃ馴染みのない形よね」

 そう言ってアケは、自分もカップを持ち上げて赤くなった顔を誤魔化すようにコーヒーを飲む。

「あのお身体の大きさでコレを使うのですか?」

 ナギの言葉に2人は首を傾げかけて・・気づく。

「ああっそうか。彼って王の人の姿知らないのか?」

 ウグイスがこっそりアケに耳打ちする。

「うんっ主人って国の人以外にはあの姿を見せないから」

 2人のコソコソ話しにナギは顔を顰める。

 アケは、頭の中で整理した無難な言葉を選んで口に出す。

「うんっ主人って器用だからカップでも飲めるのよ」

「・・・そうなのですか・・」

 ナギは、アケの言葉をすんなりと受け入れる。

 アケの信頼度高いな、とウグイスは感心しながらフレンチトーストを口に運ぶ。

 ナギは、青い陶磁のカップをじっと見る。

「これではダメなのですか?とても素敵な造りですが?」

 ナギが口にした途端、空気が張り詰め、重くなったように感じる。

 アケの顔がどんよりと暗くなる。

 それに合わせて周りの景色が暗くなったように感じるのは気のせい・・・だろう。

 ウグイスも表情を引き攣らせ、ナギに視線で「馬鹿!」と告げる。

 ナギは、突如、変貌したアケの雰囲気に冷や汗を流す。

 アケは、口に付けていたカップをそっと蓙の上に置く。

「これね・・・アヤメが用意したものなんだって。主人の為に」

 その声は、胃が震えるほどに冷たかった。

「アヤメ?」

 ナギは、聞き慣れない名前に思わず聞き返す。

「屋敷の家精シルキーのことよ。皆がアケの付けた名前で呼び合ってるのが羨ましくなってアケに付けて欲しいってお願いしたんだって」

「しるきー?」

「家の魂みたいなものよ。理解して」

 説明するのも面倒くさいと言った感じにウグイスは頭を左手で抱える。

「主人にね。それとなく聞いてみたの。カップとか新しいのは欲しくない?って」

 その質問はそれとなくなのだろうか?と疑問を持ったが口には出さなかった。

「そしたらね。アヤメが用意したのがあるからいいって言ったの」

 アケの額の蛇の目が潤み始める。

 ウグイスの顔がさらに引き攣る。

「うちにある食器ってね。アヤメが私の為に用意してくれたんだって。私には必要だろうからって。確かにいつの間にかあったなとは思ってたんだ。でも、それには本当に感謝してるの。清潔だし、色合いや絵柄もお洒落だし。でも、コーヒーカップだけはね。私にではなく、主人の為に用意したの。アヤメが主人の為に」

 アケの表情はどんどんと暗く、重くなっていく。蛇の目からうっすらと涙が溢れてくる。

「そりゃコーヒーが大好きな主人の為に用意してくれたのは嬉しいよ。嬉しいんだけど・・・」

 自分の大好きな人が他の女が用意した物を使う。

 しかも喜んで。

 こんな身を裂かれるような事があるだろうか?

 しかし、朴念仁であるナギにはそんな繊細な乙女心を理解出来ず、アケに何と答えていいか分からなかった。

 実際に屋敷の男達、オモチもカワセミも理解出来ずにオロオロしていた。

 ただ、何となくアヤメと言う女に嫉妬している事だけは理解出来た。

 あのアケが・・・嫉妬を。

 普通の同じ年の女の子のように。

 ナギは、驚きと動揺を隠せずにアケを見た。

 ウグイスが今にも泣き崩れそうなアケを頭ごと抱き抱え、柔らかな黒髪を撫でる。

「だからね。アケが自分でコーヒーカップを作って王に贈ることにしたのよね。しかもペアの」

 ウグイスの言葉にアケは小さく頷く。

「ぺあ?」

「お揃いって意味よ!察しなさい!」

 ウグイスは、形の良い眉を吊り上げて怒鳴る。

 屋敷の男共の鈍感に対する怒りや腹ただしさを全てナギにぶつけるかのように。

 ナギは、これ以上、余計な事は言わないようにしよう、そう心に誓って恐る恐る口を開く。

「理由は分かりました。ただ、具体的に私は何をすれば?後、カップはどうやって・・・?」

 確かにアケは料理や裁縫は昔から上手だ。

 しかし、陶芸はやったことがなかったはず。

 そして陶芸をやるにしても何故、自分が呼ばれたのか?

「それは今から来る人が教えてくれるわ」

 そう言ってウグイスは、視線を右に向ける。

「ちょうど来たみたいね」

 その言葉にナギも同じ方向を見て・・思わず刀に手を掛ける。

 それは大きさの違う2つの正方形の葛篭箱が上下に積み重なっているように見えた。

 黒い鉄と思われる表面に土埃を被り、その上に緑の苔が根を張って主張し、至る所が傷だらけの長い年月を放置されたような葛篭箱の塊に。

 しかし、その葛篭箱からは手足が生えていた。大きな箱丸く、太い手足が生え、ぎこちなく動いて前に足を進め、手を上下に振っている。そして大きな箱の上に乗った小さな箱には目と思われるものと口と思われる丸い穴が掘られている。

 そのあまりにも異様な姿と動きにナギは一瞬で戦闘態勢に入り、2人の前に飛び出ると身体を低くし、刀の柄に手を掛ける。

「大丈夫よ。敵じゃないわ」

 ウグイスは、アケから手を離してゆっくり立ち上がるとそのままナギの前に進み出る。

 葛篭箱は、ゆっくりとゆっくりと歩みを進め、ウグイスの前までやってくる。

 大きさはウグイスの胸の下辺りまでしかないが鉄の身体は重厚感があり、鍛え上げられた小型の猟犬のような重々しい力強さを感じる。

 ナギは、警戒を解かないままゆっくりとアケの前に移動する。もし不適な行動が見られようものなら直ぐに始末が付けれるよう相手の身体を観察する。

 箱の部分は見た目通りの重厚さと硬さがあるだろうが身体の繋ぎ目部分、人間で言う関節部分なら脆そうだ。

 そんな考えを刹那に過らせ、全身で注意を向ける。

 そんなナギの考えを他所にウグイスは丁寧に葛篭箱に頭を下げる。

「来てくれてありがとう。オートマタ」

 ウグイスが言うとオートマタと呼ばれた葛篭箱のようなものは丸く、太い腕を持ち上げて小さな箱に当てる。

 まるで頭でも掻くように。

「いや、遅くなって申し訳ない」

 その声はしゃがれた老人のようだった。

「久々に動いたから身体が錆びついていてな。思った以上に遅かった」

 小さな箱に開いた黒い穴の形が歪む。上の2つが細くなり、下の丸が三日月の形になる。

 これは笑顔だとナギは認識した。

「今日はよろしくお願いします」

 ウグイスの後ろからアケも顔を出して近寄ると、深々と頭を下げる。先程まで嫉妬て半泣きしていたのが嘘のようにお淑やかで礼儀正しい。

 そんなアケの態度を好ましく思ったのか、オートマタの笑みが深まる。

「うさ公から話しは聞いてるぜい。畏まらんでいいよ。創作はリラックスせな」

 そう言ってオートマタは、豪快に笑う。

 敵意はない。

 そう判断したナギは刀から手を離して立ち上がる。

「無礼を」

 ナギは、オートマタに頭を下げる。

「何がじゃ?」

 オートマタは、四角い頭を傾げる。

 敵意を向けられた事に気づきもしていなかったようだ。

 ナギは、困った顔をしてアケを見る。

「姉様。この者は?」

 ナギの質問にアケは蛇の目をパチクリさせる。口元に指を当てて上を見て、そしてウグイスを見て耳打ちする。

「そう言えばこの人って何?精魂スピリット?」

 ナギは、思わずよろけそうになる。

 こんな異形に対して何の疑問も持たなかったのか?

 案の定、ウグイスも眉を顰める。

「あんた、知りもしないで付いてきたの?」

「うんっオモチが岩の草原に知り合いがいるから頼んどくとだけ言われたから大丈夫なんだろうなって」

 2人のやり取りを聞いてオートマタは再び豪快に笑う。

「肝っ玉の座った嬢ちゃんだな。さすがあの狼の嫁さんだ」

 オートマタは、愉快そうに笑う。

 アケは、褒められていると思ったのか、それとも嫁という言葉に反応したのか、少し恥ずかしそうに頬を赤らめる。

「儂は、オートマタ。魔法で作られた人形じゃ。精魂スピリットなんて高尚な物じゃないわい」

「人形?」

 アケとナギが2人して首を傾げる。

「王達がこの猫の額に来るずっと前にいたとされる5人の賢者の遺品アーティファクトよ」

 今度は、ウグイスが答える。

「5人の賢者?」

 聞き慣れない言葉にアケは蛇の目を顰める。

「私もよく知らないんだけどね。ずっと昔に住んでた賢者達が残していった遺品が猫の額にはたくさんあるんだって」

「もうほとんど動いとりゃせんがな」

 オートマタは、鼻息を吐く。

 その言葉にアケは切なくなり、胸元を握りしめる。

 それに気づいたオートマタが陽気に笑う。

「泣くねえ、泣くねえ。白けた心で創作してもつまらんものしか出来んぞい。別嬪さんが台無しだあ」

 ぱーんっとアケの太もも辺りを丸い手で叩く。

 ナギは、再び刀に手を掛ける。それに気づいたウグイスがすっと手を伸ばして無言で制する。

 アケは、叩かれたことよりも"別嬪さん"と言われた事に動揺して「別嬪なんかじゃないです!」と声を震わせて否定する。

「そんじゃま、雑談はこれくらいにして行こうかのう」

 オートマタが言うと2人は「そうですね」、「そうだね」と頷き、いそいそと荷物を片づけ出す。アズキも手伝ってるつもりなのか、2人の間を駆け回る。

「あの・・・どこへ?」

 全く流れの掴めないナギが恐る恐る聞く。

 ウグイスは、指をぴんっと立てて右側を指差し、そして笑う。

「素材探しだよ」

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