第39話 姉様(4)
それは1週間前までに遡る。
屋敷のリビングでアケの作った特製あんこを包んだお饅頭を皆で食べていた時の事だ。
「そうそう、私達って今日生まれたんだ」
庭に蒲公英が咲いていたんだ、とでも教えてくれるように簡単にウグイスは言った。
「そういえばそうだったな」
表情にこそ出さないが嬉しそうに饅頭を食べながらカワセミも同意する。
そのあまりにもあっけらかんとした口調と反応にアケは口を丸く開いた。
「それって・・・誕生日だよね?」
アケが聞くと双子は同じように首を横に傾げた。
「誕生日?」
「何それ?」
その反応にアケはショックを受ける。
「生まれた事を祝う行事のことだよ」
あんこで白い毛を黒く染めたオモチが言う。
「家族や友人で集まってお祝いをするんだよ。ご馳走を食べたり、贈り物をしたりさ」
「へえ」
そこまで説明してようやくウグイスは興味を示す。
「面白そうだね」
「くだらん」
カワセミは、三つ目の饅頭に手を付ける。
ここ最近になって気づいたことだがカワセミは甘党らしい。今日みたいにお菓子を作って呼ぶと澄ました顔をしながら尾羽をパタパタ揺らしている。
アケは、椅子から立ち上がるとリビングから小走りで出ていった。そして風呂敷包みを持って戻ってくる。
「良かった。作っておいて」
アケは、ダイニングテーブルに風呂敷包みを置く。
そして固く結んだ結び目を解くと綺麗に畳まれた着物が現れる。
1つは黒色の着物。
もう1つは茶色の着物。
広げるとどちらも動きやすい作りの甚平だ。
ウグイスの目が輝く。
「2人に作ったの。ウグイスは可愛くて、カワセミはカッコいいのに服がボロボロだったから」
アケが少し頬を赤らめて言う。
「本当は違う形で渡すつもりだったんだけど、これが誕生日の贈り物ってことでいいかな?」
アケが訊くとウグイスは華やいだように微笑んだ。
「ありがとうアケ!」
ウグイスは、両腕を伸ばしてアケに抱きついた。
緑の羽毛が顔を包む。
カワセミは、表情を変えないが嬉しいようで尾羽を動かしている。
アケも2人が喜んでくれて嬉しかった。
「それじゃあ今日はご馳走作らないとね」
アケは、会話に入らずに静かにコーヒーを飲んでいるツキを見る。
「主人、今日は2人のお祝いしてもいい?」
「ツキだ!別に構わん」
ツキの許可も貰ったのでアケは早速頭の中で献立を考え始める。
2人が好きな肉料理と甘味を中心に組み合わせを考えている、と。
「ところでアケは贈り物に何を貰ったの?」
悪気も何もないウグイスの質問にその場の空気が止まる。
アケは、蛇の目を何度も瞬きし、ウグイスを見る。
(この馬鹿)
カワセミは、額に手を当てて、胸中で舌打ちをする。
猫の額に来るまでのアケの人生はそれは壮絶なものだ。
普通の人間が、それこそ自分たちのような人ではない種族にすら与えられるような愛情というものとは疎遠に生きてきたのだ。
そんなアケが誕生日の祝いなどして貰ってる訳が。
「貰ったよ」
アケの口から溢れた言葉にカワセミも、オモチも驚いて見る。
ツキもコーヒーを飲む手を止める。
「毎年、誕生日になるとね。お祝いを持ってきておめでとうって言ってくれたの。凄く嬉しかった」
アケは、その年のことを思い出して小さく微笑む。
「私は、生まれてきて良かったんだってその時だけは思えたから・・・」
アケの言葉に聞いてウグイスは、ぎゅうっとアケを抱きしめる力を強める。
私も嬉しいよと言葉以上に温もりで伝えるように。
アケもそれが分かって嬉しそうに微笑む。
「それじゃあさ。毎年皆の誕生日祝いしよう!」
ウグイスは、名案と言わんばかりに声を上げて指を立てる。
「アケはいつなの?」
「私は・・・まだ3ヶ月先かな?」
柱時計があるから時間の感覚はあるし、畑で作物を育ててるから季節の感覚は冴えてきているが、曜日や月日の感覚が薄れてきているのであまり自信がなかった。
「ええっそれじゃあ大分先だね」
ウグイスは、つまらなそうに唇を尖らせてツキとオモチを見る。
「王とオモチ様はいつですか?」
ウグイスの質問にカワセミは慌てて「おい失礼だろ!」と怒鳴るが2人とも気にせずに首を横に傾げる。
「意識した事がなかったな」
「誕生日って知識としては知ってるけど、実際に自分に置き換えたことはなかったな」
2人の真面目すぎる回答にウグイスは肩を落とす。
そしてうーんっと唸って考え込んだかと思うとぱっと表情を明るくする。
「もし、今日から1週間後を王の誕生日にしよう!」
「えっ⁉︎」
ウグイスの突拍子もない発案にアケは思わす声を上げる。
「おいっお前勝手に!」
カワセミが抗議の声を上げるがウグイスは無視してツキの側に寄る。
「王もよろしいですよね?」
「あっ・・うん?」
流石のツキもウグイスの圧に言葉を濁す。
そんなツキにウグイスがそっと耳打ちする。
「ほら、アケも喜びますよ。絶対に王のこと祝いたいって思ってるんですから」
ウグイスの言葉にツキはアケの方を見る。
アケは、ソワソワしながら何かを期待してこちらを見ている。
ツキは、髭の生えていない顎を摩る。
「分かった。好きにしてくれ」
ツキが認めるとウグイスは、両手を上げて喜び、アケも両手を組んで満面の笑みを浮かべた。
そして1週間後の明日、ツキの誕生日の祝いをすることになった。
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