第14話 日と月の出会い(8)

 あれから1ヶ月が過ぎた。

 アケは、まだ"猫の額"にいた。

 色褪せた屋敷で雨風を防ぎ、埃を被った反物を見つけて着物を抜い、小川の冷たい水で身を清め、そして森の恩恵を調理し、食した。

 アケが訪れた最初の日以降、白兎やエルフは森に入って獲物や食べられる食物を採ってきてはアケに料理をせがんだ。

 自然の物を自然なままに食していた彼らに取ってアケの料理はまさに天と地がひっくり返る程の衝撃を与える物だった。

 その逆で果物以外は調理された物しか食べたことのないアケに取っては料理をさせてもらえる事はとてもありがたかった。

 物心ついた時から国の外れに幽閉されていたアケに取って勉学と教養以外で唯一許されていたのが厨に立って調理する事だった。

 曲がりなりにも姫と呼ばれる者が厨に立つなど本来ならあり得ないことだ。

 しかし、使用人の誰もその行動を止めることはなかった。

 閉じ込められ、自由のない姫を憐れんだのか?穢れた存在と忌み嫌う者の食事など作りたくないと思ったからなのかは分からない。でも、アケに取ってはどちらでも良かった。

 料理を作っている時だけは何も考えなくて良かったから。

 屋敷の中には立派な厨があった。

 日差しも入らず、換気もしてなかったので非常に埃っぽくて汚く、蜘蛛の巣どころか見たことのない虫の温床となっていたがおおきな釜戸に古びた調理器具、食材を捌く台や小川から水道まで引かれていた。

 エルフに手伝ってもらって綺麗に掃除をし、跡形もなく汚れを消し去るとそれそれは見事な見事な厨へと変貌した。

 アケは、木の皮の皿に料理を盛り付け、草原に腰を下ろす2人の前に料理を置く。

 今日は、白兎が見つけてきた自然薯を使ってとろろ汁と短冊に切って塩を振って焼いたものとエルフが捕まえてきた岩魚を塩を振って焼き、塩とアラで出汁を取ったスープだ。

 調味料がもっとあればレパートリーを増やせるのだがこれだけ作れるだけでも贅沢と言うものかもしれない。

 その証拠にエルフも白兎も喜び勇んで出来立ての料理をかき込み、舌鼓を打った。

 アケは、塩焼きの身を木の枝で作った箸で解して口に運ぶ。

 しかし、その心は優しく淡白な味の岩魚にではなく、自分達から離れたところに寝そべり、顔を伏せる黒狼に向いていた。

 あれから黒狼とは一言も口を聞いていない。

 邪険に扱われているわけではない。

 それは白蛇の国で幽閉され、使用人達に蔑まれていたからこそ分かる。

 アケの動きを制限する訳ではない。

 危険なことさえしなければ何をしようが許されるし、屋敷の中の物を勝手にいじっても叱られることもない。

 白兎もエルフもとても友好的だ。

 特にエルフは、いつもにこやかに笑いかけてくれ、たわいもないことをさも楽しげに話し、細かなことまでよく手伝ってくれる。よく分からないけど友達というのかいたらかこう言うものだったのかもしれないと思う。

 黒狼は、アケが作った食事を持っていくと「ありがとう」と言って食べてくれる。そしてお礼にと果物を持ってくる。アケも「ありがとうございます」と言ってそれを受け取る。

 それだけだ。

 それ以上のことを黒狼は、何もしない。

 アケもそれ以上のことは何も出来なかった。


 どうしたらいいんだろう?


 私は、彼の妻になりにきたのだ。

 覚悟を持って。

 運命に従って。

 そして彼に殺されることを願った。

 なのに彼は、何もしない。

 何もしてくれない。

 ただ、私がここにいるのを許してくれただけ。


 私は・・・私は・・・。


 アケは、思考と不安の迷路から抜け出せなくなっていた。

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