第13話 日と月の出会い(7)

 冷たい風が吹き、森の木々を揺らし、アケの長い髪を靡かせ、黒狼の黄金に包まれた体毛を波立たせる。

「・・何故?」

 黒狼は、黄金の双眸でアケを見る。

 その目に映るは王の気品と威厳ではなく、純粋な疑問であった。

 アケは、蛇の目を下に向け、祈るように合わせた自分の手を見る。

「私は、自分で死ぬことが出来ません。白蛇様が私に施した封印は決して強力ではありません。私の身を案じ、入口を閉じただけの弱いもの。あちらからは決して開けられないけどこちら側からなら開く事ができます。それこそ私自らの手で解くか私が死ぬば・・・」

 もし自分が死んで封印が解けたら・・・。

 どれだけの人が苦しむのだろう?

 どれだけの人が死んでしまうのだろう?

 そんなことを考えるだけで身が痛い。心が痛い。

「俺なら・・・其方を殺せると?」

 アケは、両手をぎゅっと握りしめる。

「はいっ・・・白蛇様もきっとそれを願って私を貴方様の元へ送られたのだと思います」

 アケは、蛇の目で黒狼を見る。

 黒狼は、目を細める。

「他者が傷つくのが、死ぬのがそんなに怖いか?」

 アケは、黒狼の発した言葉の意味が理解できなかった。

「それはどう言う意味ですか?」

 アケの問いに黒狼は、大きく息を漏らす。

 そしてアケを黄金の双眸で見据える。

「他者が死ぬのがそんなに嫌かと聞いている」

 アケは、失望した。

 やはり、獣に人の心は分からないのだ。

「当然です。人が死ぬのを望む者なんていません!」

 アケは、叫ぶ。

 蛇の目が大きく開き、黒狼を睨む。

 しかし、黒狼は臆した様子を見せない。

 目を据えてじっと怒るアケを見る。

「自分を害し、嫌ってきた者達の為に・・か?」

 蛇の目が震える。

 表情が固まり、組んでいた手が解ける。

 黒狼は、黄金の双眸でじっとアケを見る。

「は・・・はいっ」

 アケは、答える。

 しかし、その声は震えて、蛇の目は右に外れる。

「おーうっ!」

 当然、白兎がその巨体をゴム毬のように回転させながら黒狼の横腹にぶつかってきたのだ。

 アケは、蛇の目を大きく開き、黒狼は低く唸り、歯を剥き出す。

「何のつもりだ。△△」

 その言葉はやはり不快な音となって聞き取れない。

 しかし、明らかに黒狼は怒っていた。

 しかし、白兎はそんな事に気づきもせず、大きな腕で黒狼の腹を叩く。

「何イチャイチャしてるんですかあ!」

 白兎は、表情こそ変わらないまでも赤くつぶらな目はキョロキョロと揺れ、呂律が回っていなかった。そして何より・・・。

「息が臭い・・・」

 黒狼は、露骨に顔を顰める。

「申し訳ありません王」

 エルフが慌てて駆けつける。

 その手には緑の瓶が握られていた。

「塩と一緒に捧げられた葡萄酒を見つけたので試しに△△に飲ませてみたらこんなことに・・」

 白兎は、高らかに笑いながら黒狼を何度も何度も叩く。

 白兎がこれ程の酒乱とは知らなかった。

 黒狼は、嘆息し、白兎の首をその口で噛んで持ち上げる。

 アケは、口元に手を当てる。

 エルフが「あっ」と短い声を上げる。

 黒狼は、首を大きく振り、白兎をそのまま投げ飛ばした。

 白兎は、笑い声を上げながら宙を舞い上がり、森の中に消えていった。

 アケとエルフは、唖然と白兎が消えた森を見る。

「・・・馬鹿者が・・」

 黒狼は、ゆっくりと立ち上がり、背を向けて歩きだす。

「あっ」

 アケは、黒狼に向けて手を伸ばし・・引っ込める。

 その手を胸に抱き、ぎゅっと握りしめる。

「どうしたの?」

 エルフがアケの顔を覗き込む。

「王と何かあった?ひょっとして本当にイチャイチャしてたの?」

 小さく笑みを浮かべてアケの肩に手を置く。

 しかし、アケは反射的にその手を払いのけるとそのまま屋敷の方に走り去っていった。

 エルフは、目を細めてアケの背中をじっと見る。

 冷たい笑みを浮かべて。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る