第12話 日と月の出会い(6)

「巨人の世界と子どもの身体を繋げる・・」

 黒狼は、憎々しげに呟く。

 鼻の上に皺が寄る。

「人間と言うのは本当にどこまでも愚かだ」

「その通りです。そして実験は悉く失敗しました。私を除いて」

 黒い布に触れる手に力が籠る。

 黒い布に皺が寄り、爪が白い頬に食い込む。

「私が発見された時には大勢の亡くなった子どもたちがいたそうです。皆、実験耐えられず身体が弾けて四散してあいたそうです。唯一、生き残り、発見された私の目は失われ、そこは百の手の巨人ヘカトンケイルと呼ばれる巨人の巣に繋がっていました」

「百の手の巨人・・その手の数だけ世界を滅ぼすと言う伝説のある巨人か」

 黒狼は、低く唸る。

「白蛇様は、私の目から百の手の巨人が出てこないよう固く封印し、目が無くなった私を不憫に思い、自らの目を1つ授けてくださったのです」


 ぼんやりとした記憶の中にある初めて見た光景。

 私の顔を覗き込む片目のない雪のように白く、大きく、

長い蛇・・・白蛇の国の王にして神である白蛇様。

 そして私を囲んでいる怯えた表情を浮かべた大人たち。

 その中には私の両親と思われる人達の姿もぼんやりと残っていた。

 

 黒狼は、涙に濡れる蛇の目を見る。

「白蛇の目を授けられたのなら大臣や神官、民達から大切にされたのではないのか?」

 黒狼の言葉にアケは、自虐的に笑う。

「ええっ大切にされました。大切に幽閉されました」

 白蛇の一部を授けられたアケは表面上はとても大切に扱われた。

 しかし、その実は定のいい幽閉。

 邪教に気づかれないよう、城からも国からも離れた屋敷に日替わりの乳母と使用人によって大切にこそ育てられた。いや、監視されていた。

 ただ、白蛇の怒りを買わないように育てられ、ただ、恥ずかしくないように教養とマナーを身につけさせられ、ただ、死なないように食事を与えられた。

 与えられた白蛇の目が見るのは乳母や使用人の愛想笑い。

 たまにしか会わない兄弟達の蔑みの笑み。

 そしてほとんど会うことのない顔だけしか知らなかった両親の無関心で無慈悲な表情。

 それだけだった。

 ただ、生きて、ただ、食べて、ただ死んでいく。

 それだけがアケに与えられた人生だった。

「白蛇の奴は何も言わなかったのか?」

 黒狼の声は苛立っていた。

「・・・知らなかったんだと思います。私は大切に育てられていると思っていたのだと思います」

「それでも王か!」

 黒狼は、柱のような前足で地面を叩く。

「白蛇様は悪くありません。眠りにつく際もずっと私に謝ってました。気付かなくてすまなかった、と」

 アケは、両手を組んでぎゅっと握る。

 黒狼は、目を細める。

「奴は何故眠りについたのだ?」

「・・・私を救う為です。邪教に捕まり、封印の解かれた私を救うために・・・」


 それは2ヶ月前のこと。

 白蛇の国でも1部の者しか知らないはずのアケの幽閉先に邪教の集団が襲いかかった。

 アケの幽閉先には近衛兵団が待機していたが邪教の集団の前に逃げ出した。

 忌の対象であるアケに命を掛けるものは誰もいなかったのだ。

 その結果、アケは邪教に捕まり、封印を解かれた。

 解放された百の手の巨人ヘカトンケイルが暴れ出し、白蛇の国に乗り込もうとした。

 それに気づいた白蛇が百の手の巨人ヘカトンケイルと対峙し、そして見事に打ち破り、再度の封印を施した。

 しかし、その代償として全ての力を使い切った白蛇は、アケに「すまない」と謝罪し、関白に「何かあったら黒狼に頼れ」と言い残し、深い眠りについたのだ。

「そこからは知る通りです。白蛇様が眠りにつき、私の中にいる巨人を止める手段を失った関白や大臣、神官達は私を牢獄に幽閉し、そして結論として主人に私を押し付けることで国の、自らの安全を得たのです」

 蛇の目からはいつの間にか涙は消えていた。

 その赤い瞳に映すは乾いた悲しみ、そして絶望であった。

「あいつの気配が急に消えたと思ったらそう言うことか」

 黒狼は、目をゆっくりと閉じる。

 黙祷をするかのように。

「辛かったな・・・」

 アケの身体に頬を押し付ける。

 花の匂いが優しくアケを包む。

 乾いた蛇の目が黒狼を見る。

「お優しいのですね」

 アケの口元に笑みが浮かぶ。

「私が聞いた伝説とは大違い。貴方のような方が"災厄"と何故呼ばれているのでしょう?」

 黒狼は、アケをじっと見るだけで何も答えなかった。

 アケは、そっと黒狼から離れて向かい合う。

 その顔に浮かんでいたのは・・あまりにも泣きそうな笑み。

「主人にお願いがあります・・・」

「願い?」

 アケは、頷く。

 そして両手を前に出し、祈るように合わせる。

「どうか・・・どうか私を・・殺して頂けませんでしょうか?」

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