第9話 日と月の出会い(3)

 アケは、目を覚ます。

 ゆっくりと開かれた蛇の目に窓から差し込んだ夕日が入り込み、思わず目を細める。

「あっ目が覚めた」

 歌うような軽やかな声が聞こえる。

 蛇の目が声のする方を向く。

 声の主は、アケの枕元に立ってじっとこちらを見ていた。

 アケは、その人物が男性なのか女性なのか判別が出来なかった。

 肩まで伸ばして三つ編みにした星のような光沢を持つ銀髪、中世的な顔立ち、整った長い鼻梁、切長の双眸は右がアクアマリンのような青、左が黒曜石のような黒、背は高いが細い身体は華奢という表現も出来れば優男とも表現が出来る。

 そしてその人物の最も特徴的なのは剣のように先の尖った長い耳だ。

「天狗族・・・」

 アケは、ぼんやりとした頭に出てきた言葉をそのまま口に出した。

「その呼び方は好きじゃないなあ」

 天狗族と呼ばれた人物は明らかに不機嫌そうに唇を尖らす。

「ミの国では華麗にエルフと呼ぶのだよ」

「エルフ?」

 アケは、身体をゆっくりと起こす。

 頭がぼやけ、身体が重いのは白無垢のせいだろうか?それとも夢のせいだろうか?

「そうエルフ。綺麗な呼び方だろう?」

 その話し方も声色も女性のようにも聞こえれば男性のようにも聞こえる。

「そう・・・ですね」

 ぼけっとした声にエルフは、可笑しそうに笑みを浮かべながらアケの顔を覗き込む。

 あまりにも綺麗な顔にじっと見られ、アケは恥ずかしくなり、目を背ける。

「面白いね。上の目も・・・」

 エルフの陶器のような滑らかで冷たい目がアケの双眸を包む黒い布に触れる。

「下の目も」

 アケの表情が強張る。

 気が付いたら手を動かし、エルフの手を叩き飛ばしていた。

 エルフは、切長の目を瞠る。

 アケは、はっと振り上げた自分の手とエルフを見比べ、真っ青になる。

「ご・・・ごめんなさい・・・」

 アケは、シーツに手を付き、頭を下げる。

「いや、ミも不躾だった。すまない」

 エルフも頭を垂れる。

「この猫の額に外から来客なんて珍しいからさ。つい失礼なことを」

 エルフは、綺麗に編まれた三つ編みを弄りながら笑う。

 その仕草は女性のようだが話し方は男のようだ。

「貴方は・・・?」

「あっそういえば自己紹介してなかったね。ミは○△◁と言う」

 アケは、顔を顰める。

 エルフの発した言葉が聞き取れなかった。いや、理解出来なかった。

 それに気づき、エルフは苦笑いを浮かべる。

「ああっごめん。君達の言葉を話すことは出来るんだけど名前までは変換出来ないんだ」

 そう言って謝る。

「ミは、王の忠実な従者さ」

 アケは、首を傾げる。

「王?」

 エルフの顔が不機嫌に歪む。

「君達が黒狼と呼ぶあの方だよ」

 その声には小さな怒りが混じっていた。

「君は王の妻になりにきたんだろう?」

 その言葉に寝惚けた頭がはっきりとする。


 そうだった・・・私は・・・。


「まったく白蛇の国の人間どもは何を考えているのか・・」

 エルフは、ふうっと肩を動かす。

 そして切長の目を細めてじっとアケを見る。

「君も災難だね。こんな所に捨てられるなんて」


 捨てられる?


 アケは、胸中でその言葉を反芻する。

(そうか・・・私捨てられたんだ・・・)

 分かっていたはずなのに・・・いざ言葉に出されると・・。

 アケは、右手でシーツを握り、左手で右の手首を爪が食い込むほどに握った。

 エルフは、その様子を冷たく見る。

「でも・・・ミにとってはありがたい話だ」

 エルフは、アケに聞こえない程小さな声で呟く。

 そしてにっこりと微笑んでベッドの端に腰を掛け、アケの顎に手を掛ける。

 アケは、驚いて顔を上げる。

「嘆かなくていいよ」

 エルフは、切長の目でじっとアケを、アケの黒い布に包まれた目を見る。

「ミは、君を受け入れるから、ね」

 そう言ってにっこりと微笑む。

 アケは、驚き、蛇の目が大きく見開く。


 受け入れる・・・?


 私を?

 

 エルフの指がアケの唇に触れ、そのまま頬を伝うように登り、黒い布にその指を伸ばそうとする。

「何をしている?」

 キーの高い声が部屋の中を走る。

 エルフは、アケから指を離す。

 アケは、金縛りが解けたように身体の力を落とす。

 ずんぐりとした巨体の白兎がドアの向こうからこちらを見ている。

 表情こそないもののその赤いつぶらな瞳は怒っているように感じた。

 エルフは、にっこりと微笑んで白兎を見る。

「やあ△△」

 やあに続く言葉が雑音のようで聞き取れない。

「どうしたんだい?」

「どうしたじゃない○△◁」

 白兎の言葉も雑音のようで聞き取れない。

「姫を呼びに行ってからまるで来ないから王に見てくるように言われたんだ」

 白兎は、怒ってるんだぞと言うのを身体で表現するように胸を張り、大きな右手を腰に当てる。

「ごめんごめん。つい話しに夢中になっちゃって・・ねえ」

 そう言ってアケの方を向き、片目を瞑る。

 話しを合わせろと言う合図だと直ぐに分かった。

「そ・・・そうたくさん話してくれたの」

 アケは、務めて普通に話そうとするが嘘に慣れてないので声が固い。

 案の定、白兎は表情を変えずに疑わしげに2人を見る。

「まあいいよ」

 白兎は、渋々と言った感じに言う。

「とにかく早くきて。王を待たせないで」

 そう言って去っていく。

「怒らせちゃったな」

 エルフは、苦笑いを浮かべて頬を掻く。

「あの・・」

 アケは、エルフを見上げる。

「何?」

「呼びにきたって・・黒狼様は何か私に用事でも?」

 やはり私を食べる気になったのだろうか?

 それとも国に送り返そうと思ったのか?

 アケは、不安にぎゅっとベッドについた手を握る。

 しかし、エルフが発したのはそのどちらでもなかった。

「これから君の歓迎会を開くから早くおいで」

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