第3話

3.昼休みの中庭で


 昼休みの中庭はめったに人が来ない。学食があるし、学食ではなく弁当などを持ってきている生徒たちも、そのほとんどは教室で机を寄せ合って昼食をとっているからだ。昼休みの教室に居場所が無く、学食は混んでいて大嫌いで教室にも居場所がない僕にとって、中庭は唯一居心地の良い場所なのだ。

 使用する人間が僕以外ほとんどいない古ぼけたベンチに座りながら、田中君が来るのを待った。4,5分して人がこちらへ向かってくるが見えた。彼だ。ぴょこぴょこと早歩きをしながら僕の方へ近づく。


「田中君、ごめん、待った?」


「いや、僕もさっき来たばっかり。こっちに座ってよ」


 僕はベンチの片側を手で指し示した。ありがとう、と言い佐藤君は座る。 


「お昼、弁当なんだ?」


 僕は、彼の持っている鳥柄の赤いバンダナで包まれている弁当箱を指差して言った。


「うん。毎日自分で作ってるんだ」


「へえ、自分で作っていて、しかも毎日だなんてすごいね」


「毎日お金を出して何かを買うのがなんだかもっていなくて……。それに、自分で作ると好きなものをいっぱいつめられるしね」


 そう言って、彼は弁当箱の蓋をあける。おにぎりが2個に、玉子焼きやウインナー、それにミニトマトや彩りを鮮やかにするためのパセリがある。


「すごいおいしそう。弁当も良いもんだね。僕はいつもコンビニで買ってるんだ」


 僕は鞄の中から、サンドイッチを1つ取り出す。いつもと同じ、ハムとレタスのサンド。いつも通学途中に寄るコンビニに陳列されている商品の中では、一番おいしいし値段もお手頃なのだ。


「サンドイッチもおいしいよね。僕もたまにお弁当に入れたりするんだ。ベーコンとレタスとトマトでBLTサンドとか」


「へえ、BLTサンドか。今度買ってみようかな。……では、いただきます」僕は手を合わせて言った。


 それを見て、彼も手を合わせる。


「僕も、いただきます」


 そして僕たちはそろって食事をはじめた。


 昨日の夜に見たテレビや、昨日あったたわいもない出来事などを話しながら、僕たちの食事は続いてゆく。

 僕は友人がいないため普段雑談なんてものはしないし、佐藤君は少し話下手なところもあるので、僕たちの会話はどこかぎこちなく、ところどころで沈黙が入る。しかし、友達と会話しているという時点で僕は嬉しいし、楽しいのだ。明るく楽しそうな顔を見せている彼もおそらくは同じ考えだろう。

 もっと楽しく会話するために会話のネタをいろいろ考えておかないとな……など柄にもないことを思いながらサンドイッチを食べていると、彼の視線に気づいた。こちらをじっと見ているようだ。


「……どうしたの」彼の方を向き尋ねる。


「あ、顔にマヨネーズがついてるから気になったんだ」


 そうだったのか。僕はちょっと恥ずかしくなった。


「えっ、どこについてるの」


「大丈夫、僕がとってあげるよ」


 そう言うと、彼は僕の頬に唇を押しつけ、マヨネーズを舐めとった。


「――――ッ!?」


 いきなりの出来事に僕は動揺し、彼を押しのけてしまった。彼の唇の感触がまだ残る頬に、思わず手を当てる。顔が熱くなり、耳まで赤くなるのを感じる。心臓がバクバクと脈打っている。


「あれ、もしかして嫌だった?」


 僕に押しのけられ、彼は戸惑いの表情を示す。その顔を見て、なぜだかこちらが申し訳ないような気分になってきた。


「いや、嫌なんかじゃなくて、いきなりだったからびっくりしただけ!全然!全然大丈夫だから!」


 さっきの動揺がまだ続いてて、しどろもどろで変な声になってしまい、ますます顔が赤くなる。


「なんだかおどろかせちゃったみたいだね。鈴木君といるときは普通にやってたんだけどなあ。ごめんね」


 鈴木君とは普通にやっていた、だって?


「あ、謝らないで……。僕が勝手に動揺してるだけだし……気にしないでほしいな」


「うん、分かった。気にしないよ」


 ドキドキする胸を押さえながら僕が言うと、彼はホッとした顔になった。

 その後、なんとなくぎこちなさを感じつつも、僕たちは初めての一緒の食事を終えたのだった。


***


 家に帰り、自分の部屋に入ると、鞄を床にドサッと置き、僕はベッドに倒れるように横になり、ホッと息をついた。高校生になって初めて、他の誰かと昼食を食べた。しかもその誰かとは僕の友達になってくれた人なのだ。そのことを考えると、僕は嬉しくなる。今までずっと1人だったのに友達が出来たのだ。笑みをもらし、目をつぶると、昼の1シーンがはっきりと瞼の裏側によみがえる――。僕の隣に座り、おにぎりをぱくつく彼、その彼に、慣れないながらもその場の雰囲気を良いものにしようと話しかける僕。

 ――と、僕は唐突に彼の唇の感触を思い出し、悶えた。

 いきなりあんなことをやるなんて反則だ。と僕は思う。男にやられても照れて顔が赤くなってしまうではないか。それに、まだ友達になったばかりの人間にあんなことを普通やるものだろうか。僕だったら間違いなくやらないだろう。けど、もしかしたら普通にみんなやってるのかもしれない。友達がいない僕だけがやらないだけなのではないか。いったいどっちなんだろう。

 枕に頭を載せながら、そんなことを真剣に考えていたら、僕はいつの間にか眠りに落ちていた――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

咲いて散る花 近江 コナ(柳葉 智史) @ohmikona

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る