第2話
2.彼が保健室にいた理由
〈佐藤蓮の視点〉
2クラスを覗いてみる。授業が終わったばかりのクラスは、帰り支度をしたり、友達とおしゃべりをしている生徒たちでざわついている。僕は彼の姿を探してみるが、見当たらない。もう一度良く見渡してみたがやっぱりいなかった。もう帰ってしまったのだろうかと思い、僕はちょうど教室から出てきた女子に彼の事を聞いてみることにした。
「あの、すいません」
「何よ」
友達と楽しそうに話していた彼女は、突然知らない人間に話しかけられて、めんどくさそうな声で答えた。表情も眉間に少ししわが寄っていて、それだけで普段人と話慣れていない僕は物おじしてしまう。けど、なんとか勇気を出して声を出してみる事にした。
「ええと、田中君ってもう帰っちゃったのかな。教室の中には居ないみたいだけど」
僕がそう言ったとたん、彼女は訳ありそうな顔をした。
「田中君?あの人は体が弱くてあまりクラスにいられないの。いつもたいてい保健室よ」
「えっ……」
体が弱くてたいてい保健室……。田中くんってそんな体質だったんだ……。あまりクラスにはいないからあんなにぎこちない返答だったのかもしれない――そう考えを巡らす僕に、彼女はめんどくさくてこれ以上僕に付き合ってられない顔をしてることに気がついた。
「とにかく、彼にはそういう理由があるの!わかった?じゃ、さよなら」
そう大きな声でぴしゃりと言うと、彼女は隣で待機していた女子に向き直り、「ごめん待った?」と優しく声をかけて、二人で廊下の向こう側へと歩きはじめてしまった。
女子に大きな声でどなられて、僕はしばらく呆然としていた。女子にどなられたのは、中学校の合唱の練習で真面目にやらなくて叱られて以来だ。その時は真面目にやらなかった僕も悪いが、今回は僕は何も悪くないはずだ。僕は、ただ田中君が帰ったのかどうか聞いただけだぞ。それに――田中くんがそんな体質だって知らなかった。知らなかったから失礼な質問をしちゃったかもしれないな。
と、その時、僕は背中を叩かれた。思わず振り返ると、生徒が1人立っていた。
「あのさ、そこどいてくれないと教室から出れないんだけど」
「あっ……、ごめんなさい」
そう言って僕は教室の入り口のドアから飛びのいた。彼の事を聞くのに夢中で、ドアをふさいでいた事に気がつかなかったのだ。
「まったく、すぐに気付けよな」
「すいません……」
軽く僕の事をにらみつけると、その生徒はさっさと行ってしまった。
何となくその場に居づらくなったので、僕もさっさと歩きだすことにした。2人に睨みつけられてしまった。今日は厄日なのかもしれない。
田中くんとは佐藤くんの体質とは関係なく仲良くなりたい、そういう風に人を見られるのは久しぶりの感覚だった。僕は田中くんのことを考えながら家に帰ることにしたのだった。
***
〈田中陸の視点〉
今日も僕は保健室のベッドで眠っている。目が覚めた時からなんとなく体調が悪くなる予感がしていたのだが、学校についてその予感は本当のものとなった。1限はなんとか耐えたが、これ以上自分の席で授業を聞くのが困難だとさとったので、休み時間が終わり2限が始まる前になんとか保健室に駆け込んだのだ。
「う…ん……」
ドアがガラガラと勢いよく開けられる音で目が覚めた。もぞもぞと腕を布団から出し、目覚めたときの習慣でスマホを見る。僕が保健室のベッドに入ってから40分が経過したらしい。
ぐっすり良く寝たので、再び寝つける気がしない。しかし授業に出られるほど元気が出たわけではないので、しばらく布団の暖かさを堪能することにした。
ベッドを囲んでいるカーテンを通して、誰かが話している声が聞こえてくる。盗み聞きするつもりは無いのだが、声が自然と頭の中に入ってくる。
「昨日は久しぶりの学校だったよね。どうだった?感想は?」
――これは保健室の先生の声だ。
「感想……。ああ、ここは学校なんだなあと思いました。たくさんの生徒がいて、おしゃべりしたり、ふざけあったり、勉強したり、何気ない日常を過ごす場所なんだ、と久しぶりに登校して、やっぱり実感しました」
――この声は、もしかして佐藤君だろうか?
「そうね……みんなと何気ない日常を過ごす、それが学校が存在する意味なのかもね。佐藤君にとっても学校ってそういう場所だったかしら?」
――やっぱり、もう一人の声の主は佐藤君らしい。
「……僕にとってもそうでした。けど、それは前にいた友達のおかげで……今はもう……」
「友達って、この前話してくれた鈴木君のことよね」
「はい、鈴木君は、転校する前の学校の友達でした。人見知りでクラスの人達と上手く関われない僕にも話しかけてくれて、クラスの人と僕との間の橋渡し的な役を担ってくれていたんです。それに、僕といつも一緒に居てくれて、登校から下校するときまでいつも2人でいました。僕にとって彼はいつも一緒に居るのが当り前な存在だったんです」
「そっか、転校して友達がいなくなっていきなり1人で頑張りすぎちゃったかな。気がすむまでここで休んでくと良いよ。ここはそのための場所なんだから。何か相談したい事があったら私にいつでも言ってね、解決するための方法を一緒に考えよう」
「はい、ありがとうございます先生」
「しばらく書類整理のために職員室にいるから、何かあったら呼びに来て」
「はい」
そう言う声の後、ガラガラと扉が開かれ、また閉じる音が聞こえた。先生は職員室に行ったようだ。なら、今の保健室には僕と佐藤君の2人だけということになる。
先生がいなくなった途端、彼は大きなため息を1つつき、声を震わせてひとりごとを言い始めた。
「鈴木君みたいな人がいないと、僕だめだよ。1人で頑張ろうと思ったけどやっぱり無理だったよ。僕、どうしよう、どうすれば良いんだろう……」
「僕が鈴木君の代わりになっちゃダメかな」
「!?」
カーテンの向こう側から息をのむ音が聞こえてきた。彼が、つらそうで今にも泣き出しそうな声をしてたから思わずそう口走ってしまったのだ。
「いきなり声かけてびっくりさせちゃったかな、ごめん。あと、さっきの保健室の先生との話もベッドで聞いてた。それもごめん」
「田……中君?」
そう言うと彼はベッドへ近づいてきてさっとカーテンを開ける。僕と眼があうと、彼はにっこりとほほ笑んだ。
「やっぱり田中君だ。いいよ謝らなくても。僕ぜんぜん気にしてないから」
「なら良かった……」
盗み聞きみたいな事をしてしまって、怒るのではないかと内心ひやひやしていたのだ。
彼は顔を近づけて、僕の顔を真正面からじっと見つめた。見つめながら、とても真剣で力がこもった声で言う。
「それよりも、さっき言った事、本当?友達に、なってくれるの?」
僕は、彼と同じように、真剣な声で答える。
「もちろんだよ。僕、今までずっと1人だったからうまく出来るかどうかは分からないけど、君と友達になりたいんだ」
それを聞いた途端、彼は顔をパッと明るくし、僕の手を両手で包み込むようにして握った。不意に握られたので、僕の顔は少し赤くなった。
「ありがとう……うれしいな。僕もうまく出来るかどうかは分からないけど、田中君と素敵な友達になれるよう頑張る」
「そうだ、今度からお昼一緒にどうかな?いつも中庭で食べているんだけど、そこなら他の生徒はほとんど来ないし、そこで一緒に食べようよ」
「うん、いいよ。せっかく友達になったんだし、お昼くらい一緒に食べたいな」
その時、2限が終了したことを知らせるチャイムが鳴った。次の時間は数学だ。そういえば、宿題を提出しなければいけないのだった。
「僕、3限も保健室にいようかな。今日のお昼は中庭のベンチで待ってるね」
彼はちょっと寂しそうな顔をした。
「あ、そか、授業でないといけないんだね。じゃあまた、今日の昼休みにね」
そう言って僕はひらひらと手を振った。手を振り返して、またねと言って佐藤くんは保健室を出ていった。
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