咲いて散る花

近江 コナ(柳葉 智文)

第1話

1.出会い

〈田中陸の視点〉


「先生、保健室に行ってきます」


「またか、田中。まあいい行ってこい」


 先生に溜息をつかれながらも、僕は席から立ちあがり教室を出て保健室に向かう。

 生まれつき体の弱い僕は、しょっちゅう体調を崩し、保健室のお世話になっている。もはや常連といっても良いくらいで、体育もほとんど見学している。

 そのせいか僕は先生から目を付けられ、クラスでも浮いていて友達がいない。

 先生から、体調を崩すことで保健室に行き、悪い印象を与えてしまうことについては、まあ、出席日数が足りてテストさえ受けてしまえば単位はもらえるからそれでいいと思ってる(この高校は単位制の高校なのだ)。

 友達がいない事は普段はあんまり気にならないけど、クラスの人達が仲良く話しているのを見るとやっぱり寂しさが募る。みんなが弁当を持ち寄りながら食べる昼休み、僕は弁当を保健室で独りで食べている。

 またあの先生に悪い印象を与えたなー、まあ単位をもらって卒業さえできればいいですけど。そんなことを思いながら溜息をつき僕は保健室のドアを開けた。


「おじゃまします。また来ました」


「あら、田中君いらっしゃい。ベッドはどっちも空いているから好きな方を使っていいわよ」


 保健室の先生は優しげな雰囲気のある女の先生だ。僕みたいなワケアリ生徒にも親身に接してくれるから生徒からの人気も高い。

 わかりました、と返事をして僕は二つあるうちの窓際の方のベッドにもぐりこんだ。

 あたたかな布団にくるまれて、僕はすぐに眠りに落ちてしまった。


 「――んんっ」


 目が覚めて、僕はむくりと上半身を起こし伸びをした。

 ぐっすり眠ったので体の調子も元に戻っている。腕時計を見たところ、今は昼休みらしい。

 昼休みの教室に居場所は無いのだよなあ、とぼんやり思いつつも前方に視線をやると、ソファに誰かが座っている。男子学生だ。

 常連の僕以外に昼休みに保健室に誰かが来ることはほとんどないので珍しいなあと思い僕は彼の事をなんとなくじっと見つめた。

 僕の知らない生徒だ。上履きの色が僕と同じ青色なので3年生だろう。こちらには目を向けず黙々と文庫本を読んでいる。

 文庫本のタイトルに目を向けた途端、僕はベッドから彼に声をかけていた。


「ねえ、君、そのシリーズ好きなの……?」


「え……」


 それまで没頭していた読書を中断して、彼はぱっと振り返った。大きい目に長い睫毛のなかなかの美少年だ。


「僕もそのシリーズ読んでるんだ。ちょうど同じ巻を読んでいるところ。面白いよね、それ」


 その本は僕が中学生の頃から続いている作品で、僕のとても大好きな作品なのだ。マイナーな作品なので高校に入学してからこの本を読んでいる人に出会った事が無かった。読んでいる人がいた嬉しさ、昼休みの保健室に僕以外の人がいる珍しさからつい声をかけたのだ。


「うん、僕も好き。中学生の頃から読み続けているんだ。最新刊が出たからすぐ本屋に買いに行ったの」


 人懐こいやわらかな笑みを浮かべて彼は答えた。彼の笑った顔を見て、僕はドキリとした。そういえば、もうずっと学校で僕に笑いかけてくれた人なんていなかった。

 僕は、ベッドから抜け出し、彼が座っているソファの隣に立った。さっきの動揺を顔に出さないようにして、返事をする。


「もし良かったら、昼休みが終わるまで少し話でもしない?その本について話せる人が他に居なくて寂しかったんだ」


「良いよ。本の事を語り合える人がいて嬉しいな。僕の名前は佐藤連。よろしくね」


「僕は田中陸。こっちこそよろしく」


 さっそく僕は彼の隣に座り、そして、本の感想や今後の展開についての予想などの話しに花開かせたのだった。


***

〈佐藤連の視点〉


 ちら、と時計を見やると、針は1時10分を示していた。昼休みが終わる5分前だ。僕は、すっと座っていたソファから立ち上がると、彼の方を向いて言った。


「ごめん、もうそろそろ授業に行かなきゃ。君はどうするの」


「あ……僕は……」


 彼は、顔をこわばらせて、にこやかだった表情を気まずそうなものに変えた。


「僕……はもう少しここに居ようかな」


「そっか。じゃ、僕はもう行くね」


 どうして彼の態度が急に変ったのだろう。僕が何か変なことを言ってしまったのだろうか。いや、でも僕は君はどうするのってただ質問しただけだぞ。

 不思議に思いつつも、僕は入口のドアの方へ向かう。ドアに手をかけ開けて、外に出ようとしたとき、あることを思いついた。僕は彼の方を振り返る。


「そういえば、君って僕と同じ3年生だよね。クラスはどこなの」


「あ……えと……」


「あれ、もしかして3年生じゃなかった?けど、上履きは青いよね」


「いやっ、そうじゃなくて、僕も同じ3年生だよ!クラスは……2クラス」


「へえ、2クラスなんだ。僕は3クラス。お隣だね」


「へ、へえー、そうなんだ……」


 彼の返事はどこかぎこちない。なぜだろう、表情も気まずそうなままだ。


「またね」


 そう言って僕は保健室のドアを閉めた。彼の様子も気になるが、授業がある。とりあえず僕は教室に戻ることにした。

 

 僕が教室のドアを開けるのと同時にチャイムが鳴った。生徒達はあわてて自分の座席に座り、教科書を鞄から出し授業に備える。5時限目は国語だ。眠くなる話し方では右に出るものはいないと生徒たちの間では評判な教師が担当する。

 いつもの習慣で、僕は入口から歩きはじめる前に、自分の席がある方向に目を向けた。良かった、誰も座っていない。

 僕は、昼休みはいつも人がめったに来ない校舎の隅で昼飯を食べ、時間を潰している。高校3年の6月、そんな変わった時期に転校してきたのでクラスではもう人間関係ができあがっていたし(しかもこの高校は3年間ずっと同じクラスの同じメンバーで固定されてるのだ!)、そこへ入っていく勇気が出なくてそのまま独りの日々を過ごしている。

 昼休みが終了する辺り、適当な時間にクラスへと戻るのだが、たまに帰る時間が少し早いと、僕の席に誰かが座り、他の誰かと会話をしていたりするのだ。僕が席に近づき、どいてくれないかとお願いしても、会話に集中してるのかたいていは無視されてしまう。なので最近は、教室に入る前に、誰かが座っているかどうかを確かめるのが習慣になっていたのだ。

 もし誰かに席を取られていたら、適当に廊下をうろつき、授業開始のチャイムが鳴るまでスマホをいじっている。チャイムが鳴ったらすごすごと教室に入るのだ。

 

 退屈で気だるい授業を受けている間、僕は彼の事について考えていた。学校であんなに楽しく人と話せたのは今までに無かったかもしれない。

 いつも1人で先生からされる事務的な会話以外はほとんど誰とも話さず過ごしてきたのだ。あの本のファンだと言っていたし、もしかしたら僕と仲良くしてくれるかもしれない。田中陸、2クラスだと言っていたな。帰りに彼のクラスへ寄ってみようか。もしかしたら一緒に帰れるかもしれない。うん、そうしてみよう。


 そんなことを考えていると授業終了を知らせるチャイムが鳴った。チャイムが鳴り終わり、先生が教室から出て行くのを見届けたら、僕はさっさと帰りの準備をし、教室のドアを開けて、彼のいる2クラスへと向かったのだった。

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