第4話 呪いを宿す体

 私がお兄様と再会したのは栄えあるイネス魔術学院に入学してからしばらくのことでした。


「お、お兄様!?」


 私は偶然、学院内でお兄様とすれ違いました。


 盗賊の襲撃にあって生き別れてから数年、お兄様は男性らしさが増して立派に成長なされていましたが、見間違うはずありません。


 妾だった方の影響を受けた黒髪に黒目を持つお兄様の容姿は珍しく、学院の生徒の中でも目立っていました。


 私はすぐにお兄様と気づきましたが、お兄様の方はお気づきになられていない様子。


 私とすれ違っても、気にも留めないで歩き去っていくところでした。


「お兄様!待ってください! 私です! ルシアナです!」

「―っ」


 私の呼びかけにお兄様は振り返ります。そして私のことを見て一瞬だけ大きく目を見開きました。

 

 ですが……


「……人違いだと思いますよ。貴方はコルセーヌ伯爵家の令嬢であらせられる。私はハル・オーウェンス。家名を持たぬ民です」


 オーウェンスは家名を持たぬ魔術学院生に与えられる称号です。


 学院にいる間は下級貴族の身分として扱われると言っても、貴族がほとんどを占める学院での扱いは平民同然です。


「ルシアナ様! どうなさったのですか!?」

「その方は平民ではありませんか!」


 お兄様の制服に貴族の証である家章がないのを見た貴族の令嬢の方々は口を揃えてお兄様を蔑みます。


 学院内では家柄で生徒を評価することは禁じられていますが、それはあくまで貴族同士の話。まともな貴族ではないお兄様は周囲から差別される立場だったのです。


「お兄様。私を見て、何も思い出せませんか?」


 私が養子だと言うことは周囲に伏せろと仰せつかっていました。それに元いた家であるルードヴェルツ辺境伯の悪名は高いです。みだりに名を使うのは憚られました。

 

「……すみませんが、これから授業があるので」

「お待ちになってください! 少しだけでもお話を……!」


 私の手を振り払って去っていくお兄様。まるで離れ離れになったあの夜を思い出します。


「ルシアナ嬢! 平民と関わっていては貴方の品位に関わります!」

「そうです! 貴族は貴族と! 平民は平民と! 住む世界が違うのです!」


 お兄様を追おうとする私の手を引っ張ります。


 あの日のようにお兄様は私から離れていきました。


 

◇◇◇



 聖女となった者は国王から贈与される教会と屋敷で生活することが習わしとなっています。


「ほんとうに豪華な家だね」

「居住する場所というより、教会としての役割が主でしょうが……なんにせよ二人で住むには少し広いですね」


 聖女が俗世との関りを絶つ一環ということもあるのですが、一番は王の権威を示すためにあるのです。前代の王様よりも大きく豪華にすることによって、王国の発展を願うのだとか。


「二人きりか。なんだか緊張するよ」


 お兄様はぎこちなく笑います。


 夫婦となるからには私を聖女として扱うことを禁止する。それを徹底してくださいとお願いしたばかりで、まだ慣れていないようです。


「ルシアナ様……いや、ルシアナ……」

「ど、どうなさいましたか? ハル兄様……じゃなくてハル」


 二人ともたどたどしく互いの名を呼びます。


 私は恥ずかしくてお兄様の顔を直視できません。お兄様も緊張されているのを感じます。でも、なんだか新鮮で聞き心地が良いですね。


 身分関係なく互いを呼び捨てにするのは、どこか昔を思い出させてくれます。


「寝室のベッド、一つしかなかったよね」

「ええ。まあ、夫婦になるのですから、王が気を利かせたのでしょう」

「王様、喜んでたもんなあ。平民ですらない僕の謁見を許すくらいだし」

「初めてのお告げは国家の吉凶占いとも呼ばれます。そのお告げが良いものとあれば、王の政治を正当化する一助となりますからね」


 私たちは荷物を置いて一通り屋敷内の部屋を確認してきました。


 お兄様が仰ったように寝室はひとつ。そしてベッドも一つだけ。しかもサイズは一人用です。


 私もあまり触れたくはないのですが、寝室には夜に使う……その、お薬だったり、があったりして、どうしても、そういう関係を意識させようとしてきます。


 国王様からも『早く聖女様の第一子が見たい』という旨の手紙を受け取っています。


 国からも推奨される夫婦とは、こうも下世話を焼かれるものなのですね。


「確認だけど、本当にいいの?」

「はい。幼い頃は何度も一緒に寝ていましたから」

「僕にはその記憶ないんだけどね」


 本当は寝るどころか入浴なども一緒にしていましたが、それは伏せておきましょう。

 

「と、とりあえず、まだ陽は高いです。その話はまた後程に」

「そうだね。とりあえずは今後の話をしよう」


 お兄様はそう言って、現状を整理し始めます。


「神様のお告げは、僕と結婚しろってものだったんだよね?」

「は、はい」


 お兄様は本当のお告げを聞かされていません。神官から伝えられた『聖女との結婚』だけを信じていらっしゃるのです。


 神官たちもわかっていて真実を伝えないのでしょう。その方がなにかと都合がいいですからね。


「……どういうことだろう。さっきルシアナが言ったように神のお告げは国家を左右するものだ。僕とルシアナの結婚がどうして国を左右するのか……」


 お兄様は書斎の椅子に深々と腰掛け、思案に暮れます。


 そのお姿を見て私は「はうっ」と熱いため息をつきました。


 お兄様はどんな女性の目を引いてしまうほどの美形です。平民でなければきっと学院でも数多くの女性から言い寄られていたことでしょう。


 ただ、いつまでも見惚れている訳にはいきません。


「それに関しては、これを見て貰えばわかるでしょう」


 私は立ちあがって服をはだけさせます。私の素肌が外気に晒されました。


「ちょ、ルシアナ! ……っ、それは!」


 お兄様は私から目を背けようとしますが、私の肩に禍々しく刻まれた紋様を見て固まります。


「呪刻……」

「今まで他人に見られないようにずっと隠してきましたが、夫となるハルにだけは見せます」


 私の呪刻を見たお兄様は自分の左手に目をやりました。


 お兄様にも呪刻は刻まれています。


 神のお告げである―汝が兄と共に在れ。


 未だその真意は見えませんが、私と兄は共に呪いを抱えている身です。


 この呪刻が関係するのは確かなように思えました。

 

 

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