〜江戸参府編〜Chapter third『江戸時代を作る者達』
富士の山
一六一五年、九月十二日——爽秋の朝。静岡県は生憎の曇り空で、渋抜きされていく柿の実が朱赤に
「あれが、富士の山やで」
少女二人が共有する景色は富士山である。天の薄墨色が霞ませても、日本一と言える白銅は息を止めてしまう程に美しい。
「すごく、綺麗だ……チエ」
「んん〜……晴れとったら、もっとええ景色なんじゃがなあ」
「これが、日本絵画で親しまれている山……この目で見れる日が、くるなんて」
感動で目が潤むオフィーリア。同じ場所から富士を眺める柿の木も詠歌を齧られた日を何度も葉と枝に巡らせていて、その隙間を覗いた先にあるのが、駿府城である。最終目的地を目前にして、ローガンと武士達はこれまでの道のりを背に思いを馳せる。
「遂に此処まで参られましたな、三浦様」
「そうだね……」
「でも、こっからどうすんだ? 城の奴らに見つかったら、己達も
この先を不安視する男性陣の後ろに、シュタッと影が着地した。
「待て待て! 大丈夫だ、我の知り合いだから」
イギリス商館の警戒心を解く先に跪くのは黒を身に纏った忍者のようだが、唯一露出している目は西洋人と同じく碧眼である。碧眼忍者は頭を下げたまま、ローガンに敬意を示す。
「三浦様。此度は平戸より御足労、憚り様で御座います」
「いいよ、サイラス。いつも通りで」
「では——。ローガン、とにかく無事に駿府まで来れて良かったよ」
「色々あったけどね……。サイラス、これからイエヤスの所に行こうと思ってるけど駿府城の様子はどう?」
「それが……このままだと、上様と鉢合う事になるかもしれないぞ」
「なんだって。ヒデタダは今、江戸にいるはずだろう?」
「実は、夏の終わりに大御所様が体調を崩されたんだ。死に目かもしれないからな、通達の時期を考えると、今日辺りが駿府城に来る頃合いだろう」
「うぅん……予定より少し遅れてるからね。想定外な事があっても仕方ないとして、ヒデタダがいるとなると参ったなぁ」
寄り道したり負傷したり。身に覚えがある少女達がギクリと黙り込んでしまう横で、ローガンは頭を掻いて悩む。そこに徳川秀忠を知る武士二人が介入してきた。
「三浦様。ここは上様がお帰りになられた後に、大御所様と目通りされるべきでは」
「今はエデュアルトも不在で、ロレンゾは騒動の真っ只中、そしてジャックスも秋に出る船で日本を一旦離れる。各国商館長が殆どいない時に、我が戻っていないのはまずいよ」
「そうですね。三浦殿が貿易の統率を取らないと、役人達がよからぬ事をしそうだよな。と、なると……これ以上、予定を先延ばしには出来ないか」
武士二人とローガンがうむむと腕組み相談している横から、徳川秀忠を知らないオフィーリアが話に混ざった。後ろにいる知枝は、彼女が今から言おうとしてる事を察しているのか既に呆れ顔をしている。
「あのう、何故そこまで徳川秀忠様との接触を避けるのでしょうか?」
「今の日本を強固にしちょる二代目将軍やぞ。関わったら面倒事になるに決まっちょると!」
「でも、話せば分かる相手かもしれないじゃないか」
「だぁあぁあぁッ、またそれや! ハッさんは一度、
話せばなんとかなると思っている人間を前にした知枝は頭を抱えながら身体を反った。
「オフィーリア殿、悪いけど知枝殿の言う通りですよ。徳川秀忠といえば、
「側室……って奥方様と同等に養われる女性の事、ですよね?」
「そなぁ男が、駿府城に部外者の女が踏み入れる事を許すわけがねぇだ。オラ達なんかぁ見つかったら即殺されるっぺ」
「おへりあ様、ここは隠密に行きましょう」
流石に三人から囲まれて諭されては、オフィーリアも従うしか無いのか渋々納得した。遂に訪れた徳川家康との謁見だが、イギリス商館は慎ましくこの密命を果たさなければならないようだ。
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