柴鶴姫

 知枝の秘密。それはなんと、戦乱の世を統率する軍の長、戦国大名の孫娘である事だった。衝撃の事実を聞いたオフィーリアも初めは目元で驚くが、何かの根拠が頭に浮かぶと、すんなり聞き入れてしまう。


「なぁんや、全然驚かんやん?」

「……貴様を初めて見た時、『気品』という言葉が頭に浮かんだ。だから、姫というのも納得できる」

「あっははは、意味わからんて!」


 もっと驚愕すると思っていた知枝は、冷静なオフィーリアを見て笑い出す。緊張感の無い空気に身を任せ、オフィーリアに伝わるよう、落ち着いた口調で状況説明を始めた。

 

「オラが生まれる少し前に『九戸政実くのへまさざねの乱』という合戦があったんやって。祖父御も反乱に加勢しよったが、豊臣軍に押し負けて首謀者の一族は全員惨殺や」

「女、子供も……皆殺しか」

「天下取った大名様ちゅうのは、歯向かった人間の血筋を絶対に許さへん。でも、オラの父親と母親は難を逃れる事が出来てな、オラと弟の明景あきかげをもうけて、身を潜めて暮らしてたんや」


 知枝は幼少期の記憶を手繰り寄せながら、淡々と語っていく。激動の過去ではあるが、ここまでは大した問題ではないようで、話を交える二人の雰囲気はいつもの日常と何も変わらない。


「でも生活は長続きせんかったみたいでなぁ。ある日、家に野伏のぶしが盗みに入りよって。——そん中にな、反乱の時に祖父御に仕えとった武士がおったんやと」

「野伏……落武者を含む、強盗集団か」

「野伏達はオラ達を家に閉じ込めると、大名一族の証拠を見つけ次第、全員殺すと口にしよった。今思えば、オラ達の首を手土産に権力のある豊臣秀吉の家臣になろうと企んでたんやろ」

「……」

「けんど、時代はあっちゅー間に徳川家康に切り替わったけん、結局やるだけ無駄やったがなあ」

「命乞いは、出来なかったのか?」

「仮に命拾いしても、討ち破られた大名一族の扱いは悲惨なんよ。両親もそんな生き地獄、我が子に味わって欲しくなかったんやね、家に火を放って一緒に自決する事を……選んだ」


 知枝の『選んだ』という言葉に重苦しさはあったものの、終始ネタ話のように愉快痛快を交えた口振り。耳を傾けるオフィーリアは一つ一つ理解しながら、疑問をゆっくりと投げかける。


「しかし、貴様は今ここにいる。どうやって助かったんだ?」

「よくぞ聞いてくれたでハッさん! オラも最初は仕方ない事かなって納得しよったよ。けんど火が広がった瞬間、自分の腹が鳴ったんや!」

「は、腹?」

「まさに、命の叫びやねえ! 身体が死にたくない、生き延びたい、って分かった途端に足が勝手に動きよったわあ!」

「あの日ン事は、よー覚えとるよ。両親の手ェ振り払って、外に出ようと必死になってたなぁ!」

「おい、チエ……」

「背中から明景が『姉上、いかないでぇ!』って叫んどるし、父親は『戻って来い柴鶴』って何度も何度も何度も何度も呼びかけるんよ!」

「でも火の手迫ってきよって、余裕ないねん! 逃げるたんめ、聞こえないふりして振り返らんかったわ!」


 不穏を感じたオフィーリアが止めようと口を開くも、気楽に振る舞う知枝から言葉が止まらない。まるでき止めていたものが、決壊したように。


「母親の最期ン言葉が『お願いだから そばにいて』なんよ? こんなん聞いたら、何年経っても夢に出てくるわぁ!」


 看病してくれたあの日、『親孝行』という言葉に知枝の瞳が揺らいだ理由の答え合わせ。その目から業火に苦しむ記憶を消し去りたい願いが雫となって、溢れ出る。


「ハッさん……自分が助かる為に、家族を……見捨てたんや」

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