煤焼けた城
「良かったなぁ、ハッさん。親子から、お礼にええもん
夕焼けで緋色となる平戸港を背にして、藤吉親子を送り届けたオフィーリアと知枝は、帰宅の為に並んで歩いていた。まもなく夜だが、オランダ商館による競売市場はまだ盛り上がりを見せていて、商人の煽り声は人々の生活圏にまで届いていた。
「本来は食事をふるまった貴様が受け取るべきだろう。何故、私が……」
「ええんよ、恩は売って損ねぇ。お礼も受け取って損ねぇ」
知枝が貰っとけ貰っとけと、念押しする。オフィーリアの右手に握られているのは、桜の枝のような銀色の華やかな
「異国の私に、このような装飾品は似合わないだろうし……やはり、貴様が!」
「うるっさいわぁ! ハッさんに渡したんやからハッさんのでええじゃろぅが!」
遠慮するオフィーリアに、知枝は黙って受け取れやと喝を入れた。押し負けて目が点になったオフィーリアは何も言い返せず、仕方なく簪を布に包んで大切に保管する事にした。
自分の女中に言いたい放題されて本来なら叱責するオフィーリアだが、今の彼女は別の事に意識が向いていた、それは知枝の素性を探る事である。
松浦からの命令もあって、内密に動く事を意識していたオフィーリアだが、指示の中には『本人から気づかれないように暴け』という言葉はない。
「初めからコソコソする必要は、ない訳だな」
「はぁ? 急にどうしただハッさん」
「こっちに来い、私のお気に入りの場所を教えよう」
するとオフィーリアは帰り道から逸れて、港を上から一望できる丘陵を指差した。見上げると人の手によって焼かれたと思われる『平戸城』が確認できる、どうやら目的地はそこのようだ。
しかし
「なぁんで、焼けた城に行かにゃならんのや……」
「いいから来い! 従わなければ、今晩は飯抜きにするぞ!」
「あれがお気に入りとか、悪趣味だわあ」
人助けをして贈り物を貰った日なのもあるのか、仕方ないから従ってやるかと知枝は嫌々付き合う事にした。二人は傾斜のある林の中をつたいながら登っていくが、足場が不思議と悪くない。恐らく、オフィーリアによって日常的に踏み
「獣道にしては、まあまあ歩きやすいのう」
「気を抜くな、踏み外したら滑り落ちるぞ」
「じゃーから、なーんーでこなぁ所通ってまで城に行かにゃあなーらーんーの!」
「わがままを言うんじゃない!」
「わがままなのはどっちやあ!」
言い争いをしながら険しい道を進む二人はゼイゼイと息を切らしながら林を抜け、平戸城が目前に迫ってきた。焦げ臭い匂いを周辺に漂わせつつ、古さと新しさが焼け跡から見え隠れしている。
そのままオフィーリア達は崩れた平戸城を横切って、全てを見渡せる石垣の上に立った。天守閣から見る事は叶わないが、そこからの眺めは素晴らしいの一言。朱色に染まる平戸の海にひょっこり浮かぶ黒子島の周りには、遠目に見ても迫力ある貿易船の数々が
「ほぁあ〜! めっさ、絶景やん!」
「この場所から見る大海原と船が私は好きなんだ。遠くにいても、水平線の向こうにママ達がいるイギリスがある。船で行こうと思えば行ける。それが、異国にいる私を励ましてくれるのだ」
「眺めは最高なんやけど、焦げ臭さが鼻に付くなあ……ところで、こん城はぁなして燃えたん?」
「貿易商人の間では御公儀からの疑念を晴らす為、城の大名自ら火を放ったと噂されているが……真相は不明だな」
オフィーリア達は
戦国大名達の思惑一つで荒々しく形を変える平戸城に想いを馳せたオフィーリアは、隣にいる知枝を真っ直ぐに見つめる。人を疑うということ、怪しむということ、それらに躊躇いを見せていた異国の少女は、もうそこにいない。
「チエ、貴様に言わなければならない事がある」
「なんや、急に改まってぇ」
「私は……松浦先生から貴様の素性を探れと、命令されていたのだ」
「えっ?」
「貴様は商館から『密貿易』に関与している疑いがかけられている。情報が生命線の商館員にとって、見過ごせない存在だ」
「……」
「しかし今は、任務の事など後回しでいい。私は貴様を、チエの事を……ちゃんと、知りたいのだ」
信用の証として、燃やされた平戸城を背にしてオフィーリアは本心を明かしていく。しかし真実を知りたい思いを前にした知枝は、はぐらかす事もせず目を逸らした。
「……そなあ事、いわれてもな」
「どんな事実を聞いても、私は貴様を悪いようにはしないつもりだ。だから——」
「なら、オラが極悪人だとしても見逃してくれるんやな?」
「それは! それは……」
「……。すんませ、ちぃと意地悪な言い方しよったわ」
知枝はふぅと肩で息をすると、一度焼けた平戸城を見た。ずっと放置されて黒しか残らない建物に夕陽が混ざると、突如激しく炎上し始めた。知枝は動揺の瞬きで消火するも、体温が下がって唇が震える。
「…………ッ」
「チエ?」
「……大丈夫や、ハッさん。オラぁ、密貿易となぁんも関係ねぇだ。あの商人さんがオラを疑うんも、何となく察するけんど」
「そうか。良かった……」
「ハッさんが商館員目指す訳ェ聞いて、オラん事はなんも教えんって訳にゃ、いかんよね……」
知枝はその言葉で自身を納得させると、丁度腰掛けられる石垣を見つけ、そこに座るようオフィーリアを手招いた。焦げた平戸城をは存在意義を見失い、煤の匂いは人を寄せ付けない。それを背にした二人の肩は、より近付いていく。
「ええよ。オラが何者か、ハッさんに教えたる。長くなるけんど、ええよね?」
「構わない、話してくれ」
知枝は目を閉じると、常に頭を包んでいた鶴の刺繍が入った手拭いをしゅるりと外す。そして、団子に結っていた黒髪を解いて肩や背中に預けると、隣にいるオフィーリアに真実を語り始めた。
「……オラの名前な、知枝やなくて本当は
「柴鶴、姫だと……姫って、貴様まさか——!」
「そう。オラの
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