南蛮から渡った瓜

「続キマシテ、ナンバー14。コチラハポルトガル原産ノ『confeito(金平糖)』デス。鐚一銭カラ、スタートデスヨ〜」

「なんだと、あれがたったの鐚一銭⁉︎」

「落ち着け貴壱、あれは高値出した奴が買えるみたいだぞ」

「鐚一銭、鐚一銭。ハイ、鐚二銭。鐚三銭、鐚三銭

ヨロシイデスカー? ハイ、ソコノオ兄サンが鐚四銭、鐚四銭! 鐚四銭デスヨ、イマシカテニハイリマセンヨ、オキャクサン!」


 オランダ商館員による煽り声に集まった人々が注目しているのは、金平糖の競売。形式的には現代のオークションに近いが、破格の値段と品物の魅力に惹かれて様々な身分の人が挙手して値段を張っていく。


「うっわあ、なんやこれ揃いも揃ってぜに積んどる!」

「これがエデュアルト商館長が掲げる市場競売というものだ、ローマ帝国時代の競売を参考にしているらしい」

「へー。ハッさん、オラもあれ食ってみてぇ。はーい! オラ、銀五貫だぁ!」

「勝手に何をやっている貴様ぁ!」


 遠目に見ていた知枝が金平糖に高額入札したがオフィーリアが取り押さえる。この勢いだと原価を超える値段で競り落とされるのは目に見えており、視察だけが目的のオフィーリアは知枝を競売市場から引き離した。


「わぁあ! なんでや、吝嗇坊けちんぼ!」

「うるさい! そもそも貴様は何故あれが食べ物だと分かった⁉︎」

「甘そうだからに決まっちょる!」


 オフィーリアは無茶苦茶な理屈にドン引きする。この時代、庶民には遠い存在の砂糖菓子。どうみても、結晶にしか見えないものを知枝は見ただけで甘いものと判断したのだ。


「とにかく、我々の目的は市場に並ぶ商品を調べる事だ、黙って私について来い!」

「せっかくのお祭りなんに〜」


 文句を言う知枝を連れて、オフィーリアは交易区画を見て回る。こちらは献上品とは別物の交換を主に取り扱っており、集まっているのは各国商館員と平戸の商人、江戸幕府の使者達。


「なぁんでそんな事調べるんよぉ」

「オランダ商館がここまで大々的に市場を開くのは前代未聞なのだ。どのような品で日本と貿易を結ぶのか、参考にするには絶好の機会であろう」

「ふぅん。精々、頑張って学んでくれや」

「女中の癖に何様のつもりだぁ!」


 いつも通り口論を交わしながら、二人は船着場の奥で実施されている交易市場に向かった。そこでは主に平戸の商人や職人が集まって、物々交換の交渉や輸入品の説明会が行われている。


 オフィーリアは素通りしながら、市場に置かれている商品を一つ一つ頭に記憶していく。オランダ商館が交易に出しているのは、野菜や香木といった見ただけでは価値が見出しにくいものばかり。


「ライオンで客を引き、交易では消耗品を出す……流石オランダ商館だ。よく考えられている」

「おぉッ! ハッさんあれなんだ? あれなんだ?」

「ん? ああ、あれはabóbora(ボウブラ)だ」

「ぼうぶら?」

「確か京の都では『南瓜かぼちゃ』と呼ばれていた野菜だったか。日本で見かける品種の皮は緑色をしているが、西洋の物は緋色なのだ」

「へー、でっけえ鬼灯ほうずきみてぇやね!」


 知恵は木箱に入っているカボチャを一つ手に取って、面白そうにじっくり眺める。オランダ商館の代理で入った日本商人が商品の説明をする後ろで、オフィーリアは暫く考えると、陳列されている西洋カボチャを輸入野菜の見本として入手しておこうと交渉に踏み込んだ。


「ふうむ、オランダ産のボウブラは興味深い。私はイギリス商館の者だ、交渉がしたい」

「おお、商館さんなら大歓迎さ! こちらとしては塗料や布が欲しいところでね」

「分かった。では、イギリス商館が保有している生糸一束と、このボウブラを一つ——」

「まてやハッさん!」


 突如知枝からマントを引っ張られ、仰反のけぞるオフィーリア。辛うじてバランスを立て直したものの当然笑って許せる訳が無く、ライオン並みの勢いで知枝に迫った。


「急に何をする!」

「なーに適当に選んでるんだか! ありゃあ時間経ちすぎて腐ってるもんや、腹壊すと!」

「何を言っている? 他と見た目が変わらないではないか。それにこれは、季節を一つ跨いでも腐らない野菜なんだぞ」

「いんやいんや。匂いも酸っぺぇし、へたも駄目になっとんよ。食べれなくはねぇが、とても売り物とは言えねぇだ」


 呆れ顔で言う知枝にオフィーリアは驚きのあまり言葉が滞る。初めて見たと思われる外国野菜の良し悪しを、軽く見て触っただけで区別する事など、簡単に出来る事ではない。


「貴様……まさか、目利きが出来るのか?」

「せやせや」


 自慢気に知枝は腕を組む。オフィーリアはもう一度指摘されたカボチャを手に取って、顔に近付ける。味覚以外の五感を使って探っても、匂いも傷みも全く分からなかった。


「とにかく、こりゃーなしなし。こっちにせえ」

「……。じゃあ、このボウブラを頂こう。こちらはイギリス商館の割符わっぷだ、生糸の引渡しは——」


 疑心半疑ながらも、オフィーリアは知枝が指定したカボチャを入手する事にした。今、交渉で用いられた『割符』は江戸時代まで用いられた商取引の証書である。辣腕らつわんを振るって手続きを済ませると西洋カボチャを風呂敷に包み、知枝に持たせてその場を後にした。


「このボーブラって奴、やっぱ食うんだか?」

「いいや、食べない。種を取り除き、日本での栽培及び救荒食物きゅうこうしょくもつに適する品種か調べる為の物に過ぎん」

「はぁあ? もったいなああ、オラはいっちゃん良いモン選んだんだぁ!」


 後ろで食べたいと騒ぐ知枝を無視して、オフィーリアは考え事に耽っていた。貿易に関わらない田舎娘が外国カボチャの目利きが出来る点は無視できない、平民の立場で得られない知識を持っている事は間違いないだろう。

 松浦の推測通り、密貿易に関与している人間なのだろうか。そうなるとイギリス商館貿易網の脅威となるかもしれない、正体を掴む必要性が強まる。


「貴様は野菜に詳しいようだが、農民の出身か?」

「いんやいんや。オラは東北の庶民生まれでなぁ、色々な所を旅して生きてきたんよ。じゃから、植物は感覚で食えるかどうか分かんだわぁ」

「無茶苦茶すぎる。日本に限らず私の故郷でも毒見役がいる、医学も不完全な事だらけだ。感覚だけで分かるはずがない」

「分かるんよぉ、それが」


 後ろにいる知枝の声には自信が含まれていて、疑いという感覚を溶かされていくオフィーリア。素直に出身や身分について尋ねると曖昧な言い回しをしてきたものの、怪しさがどうしても見えない。探りの入れ方が分からなくなっていく。


「おい……、チエ。貴様は——」


 そこにゴホゴホと子供の咳が割り込んできて、オフィーリアと知枝の注意を引いた。普通なら生活に溶け込む雑音にしか過ぎないが、不思議とそれは放置してはいけないと思わせるものであった。

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