その名を木霊して

 国貞に問いかけられたオフィーリアは賢い頭で考えようとした。しかし、たった二年しか日本に住んでない異国の少女に戦国大名が統一する国で、人々が平等に救われる方法を見出せる訳が無いのだ。


「申し訳ありません国貞様。若輩者の私には、ご納得頂ける答えを出せません」

「……。悪い、大人げねぇ事聞いちまった」

「ですが……」


 世を変える答えは出せないが、オフィーリアには一つだけ心の支えになっている事があった。暗躍する事しか出来ず、厳しい目を向けられる日本で彼女が迷わず目標に突き進めるのは、故郷にいる家族の言葉。


 ——信じて待ってるから、行っておいで——


「迷いを打ち消す為に『信じる』という行為があるのだと、私は思うんです」

「……信じる、だと?」

「きっと金本陵玄様も……妻子を残して合戦へ赴く事に迷いがあって、国貞様に後の事を託されたのではないでしょうか?」


 国貞はオフィーリアの言葉に耳を傾けて、金本が生きていた時の事を思い出す。戦いから逃げずに、武士として死んだ腹心の友は勇ましく見えた。しかし如何どうにもならない時に直面した人間は、自身を納得させる言い訳を探すものだ。


「金本……」

「私には禁教令も、大名が起こす合戦もどうにもできません。それを覆す方法があるとすれば、世界貿易せかいぼうえきだと松浦先生は仰っていました」

「世界貿易なら、契機を起こせるのか?」

「宣教師様が来航しなければキリシタンは日本に伝わりませんでした。ポルトガルが鉄砲を持ち込まなければ、織田信長様が戦術に使う事も無かったでしょう」

「よく知ってるな、先の時代の事を」

「宣教師様はグネッキ・ソルディ・オルガンティーノ様くらいしか存じませんし、私はまだまた日本に詳しくありません。そして日本も世界各国の事を理解していません。だからこそ、……知らない事を知る必要があるんです」


 オフィーリアはそう言うと、俯いて国貞に伝える言葉を選ぶ。ここに辿り着けたのはキリシタン弾圧を知った上で情報整理をして、知枝が閃きのきっかけを与えたからである。


「正直に言います。イギリス商館は、いいえ。私は輸入する鉄を求めています。現在を変える為には、どうしても利益が必要なんです」

「……」

「ですから私達に、国貞様の重荷を買わせて下さい」

「うめぇ事、話を繋げやがって」

「申し訳ありません、このような条件で交渉をするつもりは無かったのですが……。貿易において、信頼は必要不可欠なものですから」

「はぁ、信頼ってのは便利なもんだな」


 国貞の呆れ声に、オフィーリアはギクリとした。上手いこと話の流れを交渉に利用したというのは本音だろう。商人ならば条件を足さなければと頭を回転させる。


「勿論、私が代わりに金本陵玄様のご家族を見守ります。近況報告のふみを定期的に国貞様にお送りして——」

「——分かった。お前らに、鉄を譲ってやる」

「本当ですか⁉︎」

(大声出すんじゃねぇ馬鹿者がぁ!)

(……ッ、そ、そうでした……)


 お互い隠れて行動している身である事を思い出し、オフィーリアは声を抑えた。なんだかんだ青二歳だと国貞は鼻で息を吐くと、着物の内側から薄くて丸い何かを取り出してオフィーリアに手渡した。


「そいつをお前に預けといてやる」

「これは……日本刀のつば?」

「金本の形見だ、大阪の陣で使った刀のな」

「え……こんな大事な物を何故私にッ」

「信用の証って奴だ。金本の家族を任せるからにゃあ、責任持って貰わねぇとな」


 そう言われると、手のひらに収まる鍔の重みが増す。オフィーリアがオロオロしながら、返却を試みるが国貞は腕を組んで隙を見せない。薄暗かった山に、朝陽が差して身を潜める者達の居場所が明るくなっていく。


「俺はこの先も、独立して大坂で刀を打ち続ける。それが人を殺め、脅し、威厳を保つ道具に用いられるとしても」

「はい」

「だが鍔は、そんな刀身から持ち主を守る為にある。時代に名を残せなかった武士、金本陵玄の魂が宿った代物だ——どうか、この男の名と共に未知の世を歩んでくれ」

「分かりました国貞様。私も恐らく、歴史に名を刻む事は叶わない立場——その中でも、一つに縛られない可能性を我々貿易商人は追い求めます」

「では名を残せぬ異国の女人よ、お前の名前を聞かせてくれ」


 森林に紛れる二人に穏やかな朝が訪れる。大名が轟かせる歴史の影に潜む自身の名を、オフィーリアは静かなる安満岳に木霊こだませた。


「オフィーリア・ハリソンです」

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