平戸の鉄

「では、国貞殿。平戸市場における鉄資源流通について協議を行わせて頂きます」


 松浦は深々と頭を下げ、オフィーリアも合わせて再度座礼する。国貞は横柄な態度で弟子から刀を受け取ると、それを足元に置いて威嚇の姿勢を見せた。


「イギリス商館と同盟を組み、輸入する鉄資源の確保に某は取り組んでおります。秋季貿易船出航に合わせ、既に御公儀より朱印状を——」

「それは前にも聞いた、手っ取り早く話しやがれ」

「国貞様にはくどい前振りでしたね。単刀直入に申しますが、そちらが平戸から仕入れている鉄を多く買い取りたいのです」

「商人に分ける鉄なんてねぇよ」


 腕を組んで国貞は提案を拒否した。オフィーリアがギョッと驚く横で、松浦は鼻で息を吐くと持っていた扇子を帯に刺して交渉姿勢に切り替える。


「では、こちらから質問宜しいですか?」

「好きにしろ」

「以前の交渉時に申していましたが『刀の生産量を増やしている』のは、何故なにゆえでしょう」

「冬から豊臣家と徳川家との合戦が続いてんだろ。刀の需要はまだあると、俺ぁ睨んでる」

「ふうむ、豊臣家を完全に討ち滅ぼさんとする『大阪の陣』……ですか。あちらは徳川家の勝利で決しそうですが尚の事、今の武家政権を脅かす大名がこの先現れるとは思えませんがね」

「武家が日本を牛耳る時代はまだ続く。現に大名からの注文は絶えねえ、大量に刀が必要になる時に備えて損はねえ」

「確かに貴方の刀は素晴らしい出来で人気も高い。しかし、良くて護身用に一振りではないですか? そうなると大量の在庫を抱える事になりますよ」


 松浦と国貞の言い合いに隙がなく、オフィーリアは焦る気持ちを我慢して話に耳を傾ける。商館員になる為には、この交渉を成立出来るよう何か行動しなければいけない。何度が言葉を交換した後、国貞は疑問を口にした。


「だいたい、貴様ら貿易商人は何故、鉄ばかり欲しがんだぁ?」

「オフィーリア、説明して差し上げなさい」

「え。あ、はい! に……日本の『鉄』は純度も高く、独自の製鉄技術もあり、非常に価値のある素材なんです。お互いの国に無いものを交換するのは、貿易において——」

「ケッ、んな事俺らには関係ねぇ。鉄が欲しけりゃ他所当たれ、『たたら製鉄』やってる石見銀山とかなぁ!」

「ですが、平戸に流れる鉄の半分は国貞様が買い取られていまして……」

「何度言わせるんだ、俺らだって鉄がいる。そもそも平戸の商人共も、鉄を半分独占してんだろうがぁ!」


 痛い所を突かれた。平戸に流れる多くの資源は利益を出しているオランダとポルトガル商館に取られており、イギリス商館に回ってくる鉄は雀の涙程。規模を拡大する為にも、刀鍛冶達の有り余る鉄が欲しいのだ。

 良いタイミングで松浦から交渉の機会を与えられたオフィーリアだが、言葉の圧力に押し負けて頭が真っ白になっていた。国貞は耳をほじり始める。


「あー毎回、同じ話ばっかで疲れるなあ。他に言う事ねーのかよ、松浦ぁ」

「申し訳ありません国貞殿、貿易市場というのは『競争』が全てでしてね。良い外交を結ぶ為には、良い品物を用意しなくてはならぬのですよ」

「ははーん。つまり異国に良い顔する為に、俺らの鉄を恵んで下さいって泣きついてる訳かぁ?」

「はは、誠に恥ずかしい」

「だから商人ってやつぁ、腰抜けた手揉みしか出来ねぇ体たらくなんだ。負け組が」


 負け組。これが松浦の野心を土足で踏み荒らした。穏便に済ませようと下手したてに出ていたが、譲れない商人魂が言葉を鋭く研いだ。


「言葉が過ぎますな国貞殿。我々は公認の貿易商人である事をお忘れかな」

「おい、商人の分際で大御所様の御名前を軽々しく口にし過ぎじゃねぇのか……ッ?」

「謁見した事もない方が、随分と偉そうに」

「なんだと無礼者がぁ!」


 怒りをあらわにした国貞は足元に置いた刀を掴んで立ち上がる。危険が迫り、オフィーリアも震えながら腰を上げるが松浦は一切揺るがない。その肝の座り方はあえて『徳川家康』呼びした事からも明白だ。


「無礼なのはどちらです? 貴方が打った刀と、我々の言葉。切れ味が良いのは果たしてどちらか、よく考えろ」

「松浦ぁ……!」

「斬れるものなら斬るがいい。だが某の血は、畳だけでなく、をも染め上げるぞ」


 ただならぬ気迫と鋭利な口調に押された国貞は、ゆっくりと腰を下ろして鞘に納まる刀を畳に置いた。強大な後ろ盾を持つ貿易商人を斬ればどうなるか、得体の知れない恐怖が立場を守りたい刀鍛冶を冷静にさせた。


「……フン。何が斬れだ馬鹿馬鹿しい。抜刀が許されンのは武士だけだろうが!」


 そう言い放つと国貞は怒って部屋を出て行ってしまった。弟子達が慌てて追いかけて静かになると、オフィーリアは大きく息を吐いて胸を撫で下ろす。


「はあぁあ……本ッ当に、斬られるかと思いました」

「ううむ。相変わらず国貞殿はおっかない御方だ」

「……」


 あんたの方が迫力あったよと横目で扇子を仰ぐ松浦を睨む。しかし交渉はまたしても決裂してしまい、殆ど二人の言い合いで終了した現実にオフィーリアは自身の無力さを悔いた。


「落ち込む事はない、国貞殿は刀鍛冶の中でも一番気難しい男なのだ」

「……ですが、私は何の役にも——」

「何も言えなかった分、話はより印象に残っているだろう。気になる点はあるか?」


 指導も兼ねて、松浦はそう投げかけた。静かになった詰所の和室でオフィーリアは記憶した会話を脳内で再生させる。落ち着きを取り戻した彼女は、あっという間に違和感を掴んだ。


「一つ、申しても良いですか?」

「宜しい、言ってみろ」

大坂大阪府の名刀工でもある国貞様が石見銀山を跨ぎ、平戸で鉄を仕入れている事に違和感があります」


 オフィーリアの発言に松浦はふうむと口元に手を添えた。よく考えてみれば妙な事は確かで、国貞はわざわざ遠回りして鉄を仕入れているのだ。そんな手間を踏まずとも、鉄を手に入れる手段はいくらでもある。


「刀は鉄を玉鋼にする必要がありますし、製鉄する前の素材を買い占める必要があるのでしょうか?」

「なるほど、良い着眼点だ」

何か目的がある、としか……思えませんが。あとは、私を嫌悪されてる割には、話し方が異国慣れしてるのも気になります」

「今日の交渉はこれにて終了だ、一度持ち帰り情報や疑問を整頓してみると良いだろう」


 松浦は考えさせる時間を与え、この場を解散させた。イギリス商館でも難航しているこの交渉。鉄の取り分を分けて貰う突破口は、どこにあるのだろうとオフィーリアは慎重に考える。

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