Chapter first 『女中と鉄の課題』
オフィーリア・ハリソン
その中心を堂々と歩く貿易商人の
「松浦先生、本日の取引はポルトガルより綿布、鹿皮、生糸となっております」
羊皮紙に記帳した内容を丁寧に伝達した少女の名はオフィーリア・ハリソン。齢16歳にして松浦の秘書を務めている。勤勉な姿勢ではあるが、イギリス人特有の金髪と
「うむ、ご苦労」
閉じた扇子で凝った肩を叩きながら、松浦は横並びに続く
「……。オフィーリアの故郷である西洋には『れすたうらん』たるものが、あるそうだな」
「
「ああ。確か回復する食事という意味だったか」
「はい。フランスの言葉ですが、現地では旅人に栄養のあるスープが振る舞われるみたいですね」
ふうむと松浦は扇子を口元に当てて、物足りなさそうな瞳で長崎を見つめる。茶屋はあっても、外食文化と屋台見世はまだ町に浸透していない。貿易によってこの島国の前時代的な姿が広く知られていく。世界を見てきた男の野心は、それを許せなかった。
「時にオフィーリアよ。
「やはり
「食通の大御所様ならば、それらは大変喜ばれるだろう。だが、某が欲しいのは——『変革』だ」
「変革、ですか?」
「知っての通り現
オフィーリアは冷や汗をかいて、辺りを見回した。隙あらば合戦と謀反が繰り広げられる武士社会の真っ只中に、堂々と天下の大名に対する死期の話など、即刻切り捨て御免だ。幸い、町の人々の耳には入ってなかった。
「先生、口が過ぎますよ!」
「ハッハッハ。世を渡る商人たるもの、辻斬りに臆さぬ胆力がいるものだぞ。——さて。オフィーリアよ、某の元で貿易を学んで丸二年になるな」
「そ、そうですね……」
「会計の仕事振りも良く、日本語も使いこなしている。その賢さは次の段階で活かすべきではないだろうか?」
松浦は振り返り、扇子をオフィーリアに向ける。すると、生真面目な少女の眼差しに期待がしがみ付いた。それは彼女が待ち侘びた言葉。家族との約束を果たす為の希望。
「某からイギリスの
「私を……商館員に⁉︎」
「ああ。某は御公儀を凌駕する変革を見てみたい。世界と平戸を繋ぐ架け橋となり、新たな時代を作り上げる覚悟はあるか?」
「勿論です! 私は商館員を目指して祖国を離れ、先生と共に日本へ……ッ」
パンッ。オフィーリアの熱意を遮る様に、松浦は扇子を広げて顔を仰いだ。そして時代遅れを危惧する男の野心が、彼女達の運命を引き合わせるのだ。
「だが、先ずは人の上に立つ力を身に付けなければならない。そこでオフィーリアよ、本日より『専属女中』を付ける事とする」
「私に……?」
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