商館女長の薬膳日記

篤永ぎゃ丸

〜Prologue〜

我が親愛なる料理人よ


 寛永かんえい十一年(1634)、四月十三日。桜舞い散る良き船出日和の夕刻。失脚したジャックス商館長の代わりにイギリス外交顧問として、貿易を秘密裏に支えて続けて来た今日、隠れ家にいた私は遂に捕えられた。牢から聞こえる役人達の話によると、全ての平戸商館を閉鎖し、何年もかけて海を埋め立てて作る扇形の陸地『築島(出島)』とやらに移って監視下に置くらしい。外国商人に対して江戸幕府より速やかな退去命令も前々から下されていたが、第二の故郷である愛すべき長崎から出るつもりはない。しかし、このまま反抗すれば命の保証は無いだろう。


 今後、身に危険が及ぶ事を踏まえて私は記録を残す事にした。影の商館長として貿易の実態を赤裸々に語るべきなのだろうが、近いうちに今生の別れになると思うと、平戸の料理長であり、人生の相棒である『チエ』との運命的な出会いを綴らずにはいられない。



オフィーリア・ハリソン著

「外交顧問長の日記〜改訂版〜」冒頭より

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