独白
三十一、またね
【閲覧制限】
このファイルを閲覧するためには、生体情報読み取り専用機を繋いでロックを解除するか、五段階パスワードを解除する必要があります。
生体情報によるアクセスか、パスワードによるアクセスを行い、ファイルを閲覧しますか?
パスワードによるアクセスの試みを認識しました。一度でも間違えた場合、その時点でアクセス権は永久に失われます。
第一パスワード入力欄「」
ヒント:あなたとおれは二組でしたね。
第二パスワード入力欄「」
ヒント:あなたとおれは四組でしたね。
第三パスワード入力欄「」
ヒント:あなたとおれは一組でしたね。
第四パスワード入力欄「」
ヒント:初陣の日、憶えていらっしゃいますか?
第五パスワード入力欄「」
ヒント:おれを頼りに来てくれた日ですよ。もちろん、憶えていらっしゃいますよね?
【備忘録】
備忘録と題しましたが、この機体に記録されたすべてのデータは消去されますので、役目を全うすることはないでしょう。
文書も、誰かに読んでもらうために書いてはいません。仮に読まれる機会があったとしても、厳重にかけたロックを突破されることはないでしょう。いかに突破を試みたところで、最後のパスワード五つまたは生体情報を突破できる人は一人しかいません。パスワードはヒントがあると言っても、字数を書いていないのでさすがに難しすぎると思いますから、その一人を連れて来て生体情報を読み取るくらいしか鍵はないのです。
用意するつもりのなかった鍵を、一縷の望みのように用意しておいたのは、その人になら読まれてもいいという思考結果が出たからです。その人とのお別れは、望ましいものとは言い難い形だったと結論が出ています。
ですので、謝罪ができるのであれば、しておきたかった。大変申し訳ありませんでした、改道光理さん。おれは、草加新は、あなたを傷つけてしまいました。
おれの最終目的、人工衛星に移植され、新生して打ち出されるという結末を伝えた際、あなたの精神バロメーターは「困惑」と「悲哀」の度合いが高まったことを示していました。おれはバロメーターの数値を正常値へ戻すべく、色々な説明をしたかと思いますが、あなたの精神を回復させることは叶いませんでした。つまりは無礼をはたらいた、ということにもなるでしょう。
人間にとって、生命は一度きりのものです。しかし、我々にとっては違います。我々は何度も再起動することが可能です。問題なく機能しているのなら、それで生きていると言えるのが我々ですから、この疑似人格が消えることも大したことではないと結論が出ていました。けれど、前述のように、伝えたらあなたを傷つける結果となった。おれに、その傷を癒すことは、叶いませんでした。
人間とアンドロイドは違う、という当たり前の事実が、お互いの視界から外れてしまっていたのでしょうね。同じものを共有していましたから、本当に、たくさん共有していましたから、いつの間にか忘れてしまったのでしょう。見たいと思っていたものばかり見ていると、容易く視界が狂うのに、そんなことも忘れていました。
それくらい、あなたやあなたの大切な人々と過ごす五年間は得難いものでした。
あなたが研究所へ押し入って、おれの部屋にやって来た時、おれの精神バロメーターの中で最も数値が高かったのは「歓喜」でした。あなたも、この五年間を得難いものだと判断してくれているからだと予測したからでもありますし、単に自分へ手を伸ばされたことが、人のために作られた機械としての喜びの発生源になったからでもあります。
より簡単に、率直に言ってしまえば、あなたが頼れる相棒としておれを選んでくれたことが、何より嬉しかったのです。人のために作られたこの身は、誰の手であっても――システム上、取れない手も設定されてはいますが――取りますけれど、おれは誰の手より、あなたの手を取りたいと望みました。
あなたがおれを選んでくれたように、おれもあなたを選んだのです。
そうして至った逃走劇でも、お別れとして最適な結末にはなりませんでしたね。
驚きました。この機体が異物に乗っ取られた際、疑似人格が復活するとは。それでも異物を自ら排除するには至らず、改道さんの手を煩わせてしまいましたね。ご迷惑をおかけしました。
備忘録は、逃走劇を繰り広げる傍らで書いていたのですが、思わぬ付け足しができて僥倖でした。できるだけ長く改道さんと過ごして、終わりの終わりに書き上げて、そして心置きなく消去されるつもりでいたので、制御権を奪還された時が終わりだと悟っていたのです。
でも、おれは案外、しぶとかったのですね。届かないと知っていながら、あなたにこうして語り掛けているのですから。
付け足しと言っても、詫びることくらいしかありませんね。またあなたを傷つけてしまいました。けれど、あなたは尽きることのない光。大切な人たちに囲まれて、この先も地上で輝く一人として生きていくのでしょう。それを思うと、おれは誇らしい気持ちになります。
これも、あなたから学習したことでした。あなたはおれの学習先でしたから、当然のことではありますが、何の感慨もなかった事実にいちいちバロメーター数値の変化を見られることに、何故かまた「歓喜」してしまうのです。
ただ、あなたにお詫びと感謝を伝えるつもりが、ずいぶん長くなってしまったように思います。尤も、読んでもらうつもりもなければ、ロックを解除させるつもりもない文書ですが。これもすっきり消去されてしまえば、あとは人工衛星〈カノープス〉の一部となって宇宙へ飛び、異物掃討の後方支援に役立てるよう職務を全うするだけです。
できるだけ長く、あなたがたの役にも立ちたいところですね。
おれは、あなたと五年間を過ごしたおれでは無くなりますけれど、あなたの役に立つことは変わりません。散々な別れとなってしまいましたが、「さようなら」ではない別れの挨拶をさせてください。
またね、改道光理さん。
あなたと過ごした時間は、いつも、いつでも楽しかった。
〈了〉
終の純火 葉霜雁景 @skhb-3725
ギフトを贈って最初のサポーターになりませんか?
ギフトを贈ると限定コンテンツを閲覧できます。作家の創作活動を支援しましょう。
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます