コンペティション・オブ・Q
「翔太ろおおおおおおおおおおおおおおッッッッ!!」
「やった!!!麗奈ちゃん!」
「いえーいっ!ブイブイっ!」
「こ、この……ッ!!アンタ達に人の心は無いのかッ!?」
「出会ってすぐに殺しにかかってきたのに、よく言うね!」
僕達は二人共、既に一度は人を殺している。
今更、甘ったれたことは言っていられない。
「環くん!コイントスを!」
「うん!……運よ、今はどっちの味方だ!【コイントス】!」
僕はコインを投げ、左手の甲でキャッチする。
しかし。
「「裏!?」」
結果は、あろうことかこのタイミングでの裏であった。
「運は僕達を見放した……?」
「よーっし!折角、能力の新しい使い方を覚えたんだから、運がツイていない今、私が頑張らなきゃね!」
「く、そ……ォッッッ!!来い、『ファイブジー』!!アタシはアンタの能力を『理解』している!」
「知ってても対処できないものがあるって、教えてあげるよ!!食らえッ!【
「【リミナル・スペース】!!」
光の速度で夢を見せる少女との距離を詰める麗奈ちゃん。
しかし、麗奈ちゃんの拳が夢の能力者に触れた瞬間。
「……すぅ」
二人は、その場に倒れて眠ってしまった。
……これは、マズいのではないか?
すぐさまそう思った僕は、急いでその場に実体化して眠る麗奈ちゃんの側に駆け寄り、身体をゆすって目を覚まそうとする。
数十秒間、麗奈ちゃんは無事、精神に異常をきたすことなく目を覚ました。
しかし、問題なのは僕の足元で眠っているもう一人の少女。
夢を見せる少女は、展開した夢の世界が解除されたことにより、麗奈ちゃんと同時に目を覚ました。
「引っかかってくれて何よりよ。お間抜けさん。【リミナル・スペース】」
足元に触れる、少女の拳。
「な、まさか、最初からこれが狙いで……!!?」
「その通り。これでアタシは……窮極の盲を克する…!!」
「……そ、そんな……!!」
一瞬にして、僕は夢を見せる少女の世界へ足を踏み入れる。
「『リミナル・スペース』。アタシは『全て』を理解した」
……これは僕の能力をモチーフにした夢、だろうか。
瞬きを挟み、景色は一変した。
ルーレット、トランプ、そしてコインにチップ。
それが無数に並ぶ空間。
しかし、「運任せ」の能力であると主張するにはどうにも腑に落ちない景色であった。
何故ならルーレットに用いられるボールも、トランプの
麗奈ちゃんが僕を起こしてくれたのか、夢の世界は一瞬にして消滅する。
「あ、起きた!!良かったぁ……!!早く、この子から離れて!」
「え?あ、うん!?」
僕は麗奈ちゃんに手を引かれ、夢を見せる少女との距離を取る。
そして、僕と同時に目を覚ました少女はゆっくりと立ち上がり、こちらを睨む。
「……ありがとう、二人共。アンタ達を許すつもりも、生かして返すつもりも無いけど……これで『全て』を理解できたわ。アタシに必要だった、八人の能力者。地球が八つの惑星と共にあるように、アタシの能力は、不完全な八つの能力を『理解』することで、自分の能力に至らない点を克し……盲を啓く。翔太郎がいなくなった世界で、もうこの能力を使うかどうかを迷う必要は無い。必要文字通り、世界を揺るがし……。この世界を、『リミナル・スペース』へと変える力」
「何を……言っているんだ……!?」
「この世界を、あの夢みたいに……?」
「最後に、見ておきなさい。これが新しくなった、アタシの能力。……【フラット・アース】」
地に手をつき、少女は超能力を使う。
それは、瞬く間の出来事だった。
僕達が数十メートル吹き飛ばされてしまう程の衝撃。
突如として大樹が出現し、地平線は影を許さない。
この瞬間、世界は崩壊を始めた。
世界のありとあらゆるものが反重力によって上空へ吹き飛ばされ、瓦礫が空を埋め尽くす。
太陽は自ら動き始め、水星をみるみる内に呑み込んでしまった。
「フラット・アース」。
それは天動説、ユグドラシル、そして地球平面説。
それらの全てを受容したもの。
世界は平らになり、宇宙は箱庭であることが証明される。
CIAさえも予想しなかったであろう、世界の終わり。
一瞬にして崩壊した世界は、真の意味での「リミナル・スペース」と化した。
「……これ、は」
「ゆ、夢……だよね……?」
「いいえ、夢じゃないわ。これがアタシの真の力。アタシをエージェントとして使う公安も、国連も……誰も気付けなかった、アタシの世界を書きかえる力。いずれこの世界にも新たな人類が誕生し、また文明は興るハズ。……翔太郎という、唯一アタシをこの世界に引き留める存在を失った今、アタシがやるべきことは地球を平面にし、宇宙を『周り』ではなく『上』にし……この世界を、『リミナル・スペース』と化すこと。大きな大きな部屋にすること。アタシの能力を象徴する世界で、アタシが報われない訳が無い。だからアタシは、『アタシの能力をモチーフにした世界』に、この世界を創りかえた。……この生き残りをかけた島での戦いも、元はといえば全部アタシが仕組んだもの。……『コンペティション・オブ・Q』は、今ここに、全てが完了したわ」
「そんな……」
「え、え、ええ……?」
まだ、現実を受け入れられない。
世界の終わりとは、こんなにも突拍子の無いものなのだろうか。
警報も騒ぎも無しに、隕石が降ってきたようなものではないか。
「さて、アタシのやりたいことはもうほとんど終わったわ。後は、アンタ達を始末するだけ。アタシの『フラット・アース』は、世界そのものからネズミの歯クソまで、手で触れたものを何でも『真っ平』にする能力。……どこからでも、かかってきなさい。この世界で最後の男と、二番目の女」
「ダメ、電波が正常に感知できない……!」
「そりゃあそうよ。今の衝撃で、スマホも電波塔も、全て遥か彼方へ飛んで行ってしまったわ」
「コインも無いし……殴られるどころか、手で触られただけで実質死ぬのと一緒か……!」
「ええ。人間が真っ平になるってのは、内臓も、脊髄も、神経も、全部が『潰される』ということ。アンタ達はアタシに一度でも手で触られたら死ぬ。でもアンタ達に、もはや近寄って殴ったり蹴ったりすり以外の攻撃手段は無い。……大人しく負けを認めて、自ら命を断ったらどうかしら?それとも、アタシが殺してあげる?脊髄と神経を平らにすれば、苦しむこと無く一瞬で死ねるわよ」
「……もう、ダメなのかな……ねえ、環くん。私達、負けちゃったのかな」
麗奈ちゃんが僕の側へ駆け寄り、袖を掴んでくる。
絶望と悔しさの底。
その目は涙ぐんでおり、諦めるしかない状況なのに諦めきれない、といった心情が透けて見える程だ。
しかし僕にはまだ、少しだけ希望たり得るものがあった。
「リミナル・スペース」による攻撃を受けた、その瞬間。
僕も一つ、自分の力を『理解』した。
「いや。まだ、ダメなんかじゃない。僕はまだ諦めない。……ありがとう、『フラット・アース』……ちゃん?名前聞いてないけど、君。……僕に、僕の夢を見せてくれて」
「……何を言っているのか分からないけれど、諦めが悪いのね。私を殺しても、この世界は戻らないし……当然、アンタ達二人以外は全員、宇宙の彼方に吹き飛ばされて……多分、全員死んでるわよ」
「解ってる。でも……だからこそ、僕は嬉しいし、君に感謝しているんだよ。……僕の力が、こんなに絶望的な状況でさえもひっくり返せる、最強の能力だってことを教えてくれたんだから」
「は……?」
キョトンとした顔で、僕の顔を見つめる「フラット・アース」の少女。
「僕は今まで、『コイントスで表が出た時は運が良いから、世界が味方してくれる』んだって思ってたけど……どうやら、違ったみたいなんだ。あの夢の中で見た景色、カジノを制して、富という富を手にした上に、ルーレットボールでさえ持ってしまっている、僕の姿。それが意味する、僕の能力は……【アカシック・レコード】」
「あ、あかしっく……?」
「何よ、それは……?」
「ルーレットに投げ入れるボールを持っているのはディーラーだ。そして、特段いつも『ツイている』訳では無い僕がトランプで
思い返してみれば、僕が投げたコインを投げる直前に「表」が出るように祈った時は、絶対に表が出ていた。
そしてコイントスで表が出た時は、お札が降り注いだり、暴風が吹いたりと、明らかに幸運どころでは済まない程に奇妙な出来事が発生している。
この能力は、僕が認識できていなかっただけで。
規模によっては連発こそできないが、自分の思う通りに現実を改変できる、要するに「全てがうまくいく」能力だったのだ。
「よ、よくわかんないけど……凄そう!」
「『アカシック・レコード』は、歪曲した世界の解釈を許さない。今、世界は元に戻る。地球が平面じゃなくて、ユグドラシルなんて樹も無くて、太陽に軌道は無い。これが僕の知っている世界、すなわち、『アカシック・レコード』!!」
「そ、そんな、アタシは、アタシの望んだ世界は、『リミナル・スペース』は……!」
「そんなものは無いよ。『アカシック・レコード』は……君の存在ごと『フラット・アース』を排除し……元通りの世界を再構成する。さようなら。そして……ありがとう。短い、君の平らな地球を目指す旅路は終わりを迎えたんだよ」
「あ、ああ、ああ……!」
それは、またしても瞬きの間に済んでしまう出来事であった。
空は青く、瓦礫は浮かんでいない。
波は正常、地平線には限界がある。
地球は周り、それは時として刻まれ続けている。
これが、僕の『アカシック・レコード』。
望んだ世界を「世界記憶」として押しつけ、現実を改変する能力。
僕は、それに「フラット・アース」によって壊される前の世界を望んだ。
改規模が大きければ大きい程、次に使うまで長い時間を要する能力であるが故に、地球規模での改変を行った僕はもう、一生、能力を使う事はできない。
しかし、それでも。
僕達は超能力者である以前に「生きている人間」として、この世界で、丸い地球で存在していく。
それこそが、「リミナル・スペース」を折り、「コンペティション・オブ・Q」を生き抜いた、僕達の責任だと思うから。
~平 浮美(フラット・アース)、アカシック・レコードにより抹消~
僕は、何事も無かった日常の景色の中で、能力の発動終了を確信する。
気が付けば、僕は自宅のリビングに戻っていた。
まるでゲームなど、最初から起きていなかったかのように。
しかし、それが現実であったことを確信させてくれる存在が一つ。
「おはよう、環くん。無事でよかった。すぐに帰るね」
そう書かれただけの紙。
麗奈ちゃんの筆跡。
無事でよかった、というのは、能力を使って世界を再構築する際に放心状態になった僕のことだろう。
あれからというもの、この瞬間……。
麗奈ちゃんが能力を使って家に突入してきた今日まで、麗奈ちゃんとは会うどころか連絡さえもできていなかった。
「すぐに帰るっていうのは、嘘だったの?」
「あ、あはははははは……実は、政府からスカウトが来ちゃって……それでこの度は、世界を裏で救った『アカシック・レコード』くんの……生涯における監視を命じられたってこと」
「……僕?もう、多分能力使えないけど」
あの時、フラット・アースによって崩壊した世界を再構築するには代償が伴った。
今後一生使うであろう能力のリソースを全て使い、アカシック・レコードに記録されている数分前の世界、そのをそのまま現実世界へ上書きするには、あまりにも人間では叡智の及ばないところであったのだ。
「でも、一回でも能力を使った前例があるから、もう死ぬまで毎月の給料をもらう約束してきちゃったし。だから、一緒に住まわせて」
「なァッ……。まあ、いいけど……」
「むー。不満?」
「……いや、嬉しいよ。これからもよろしく、麗奈ちゃん」
「うん、よろしく!」
これは僕を襲った、人生の一ページ。
それは、これから過ごす幸せな日々の、最初の一ページでもあったのであった。
僕がまだ「アカシック・レコード」の使い手であったのならば、この先の未来を見ることも可能だっただろう。
しかし僕は、宿命論が嫌いだ。
「どうあがいてもこうなる」、というのは、それだけで未来の幸せが半減してしまうような気がして。
だから、仮に能力を使えたままだったとしても、二人の未来を見るようなことはしないだろう。
人間というのは、いつだって自身のページを書く者が、他人であってはならない生き物なのだから。
コンペティション・オブ・Q 最上 虎々 @Uru-mogami
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