虫の息の強慾。
愛悲
第1話
布団も壁紙も真っ白で窓が一つあるだけの至極無機質な大学病院の一室に私、綾部真琴は居る。
きっかけは23歳の時に受けた職場の健康診断。
「奇数の年齢は婦人科系の検査を会社が負担するから検査を受けてみたら?」と上司に勧められて、深く考えもせずに受けた乳がん検診。
年齢が若いということでエコーでの検査で、
優しそうな女医さんに「すぐ終わりますからね〜」と微笑まれ、ベッドに横たわり検査が終えるのを待った。
でもその言葉に反して、検査には時間を要した。左胸はすぐに終わったのだが、時折首を傾げながら右胸を何度も何度も確認する先生。
初めての検診とはいえ異常があることは容易に分かった。
その結果、後日当たり前のように要精密検査の通知が届き、何も考える間もなく、指定された日付に病院に再度赴き精密検査を受けた。
そして乳がんであることを言い渡された。
健診時にはあんなににこやかだった女医の先生の表情も硬く、空気が重苦しかった。
ステージと治療の方法、手順などが淡々と説明されていくが私の思考は早々と停止しており、全く持って追いついていなかった。
そんな私を知ってか知らずか
「動揺されるのは分かりますが、年齢もお若いですし、進行は早いです。早めの治療が最善の選択だと思いますよ。」
と告げられる。医師にとっては優しさかも知れなかったが、私にとっては崖から突き落とされる気分だった。
でも私に落ち込む時間もゆっくり考える時間もないことは事実で。
癌だということを自覚すれば嘘のように体調不良の日が増え、確実に癌という病魔に蝕まれていった。
やっとのことで決意を決め病院に行った頃には
ステージIIIまで病状は進行していた。
入院することがその場で決まり、色々な手続きを済ませた。職場にも了承を得た。
勿論親にも報告することになる。そして無論父には何故早い段階で治療しなかったのかと激怒され、母にはなんでうちの子がこんな目に合うのかと泣かれた。
分かる。分かるけど
「…私だって怒りたいし、泣きたいんだよ」
ポツリと溢した本音は両親に届く事はなかった。
怒って時間が戻るなら怒るし、泣いて病気がなくなるなら泣く。けどそうじゃないから。
「…明日から入院だから。」
それだけ告げて自室に戻った。
ベッドに腰を掛け、後ろに倒れ込む。
「はぁ…慎太郎にも言わなきゃだよなぁ。」
私にも一応彼氏と呼ばれる存在の人がいて。
付き合って4年で、2人ともそろそろ結婚も考えていた。
お医者さんは胸を切除する必要があるのか?という私の問いに明確な答えはくれず「可能性はあります」だけだった。
命が最優先、そんなことは分かっている。
「胸がない彼女は嫌だろうなぁ…」
他人が聞いたら笑うかも知れない。けど、私の本心だ。
でも明日から入院なのに話さないわけにはいかない。
ため息を一つ溢して、携帯を手に取り、慎太郎に電話を掛ける。
数回コールしたのち
「はいはいまこ??」
当たり前だが慎太郎の声が耳に届く。
「…明日から入院することになった」
「へ?何?」
「だから入院することになったの!」
「…入院?どっか悪いの?」
「健診で引っかかったの!!」
「健診?あ、婦人系のやつ初めて受けてみるって言ってたやつ?」
本当によく覚えてる。私の言った何気ない会話も。4年前から何も変わらない。
虫の息の強慾。 愛悲 @pipiopi
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