ミカさんは、頭がおかしくなった
夏休みが終わってしまう。
その前にミカさんの職場では、一大イベントがあるらしい。
蔵書点検である。
約十三万冊ある本を棚卸しするのである。
けれどもさすがに十三万冊を全て点検するのは無理なので、数年にわけて点検するらしい。
今年は、文学の棚と芸術・スポーツの棚であり四万冊である。
それをハンドスキャナーで一冊ずつ読み込んでいく作業をする。
これが意外にハードで、体力を使う。そして、暑い。
しばしの休憩をとったスタッフは「ちょっと、もう一回行ってくるわ」とサウナに向かう勇者のごとく、書棚に向かうのである。
ミカさんは、本が好きなのでこの作業は苦にならないと思っていた。本棚の前に立つまでは。
ミカさんは「芸術・スポーツ」の担当になった。最初はよかった。絵画や漫画家の本が並び、幸せな空間であった。
けれども次の本棚へ入りこんだ時、思わず
「うわっ」と声をあげてしまった。
うるせぇ。
それが第一印象である。
バッハ、バッハ、バッハ
モーツァルト、モーツァルト、モーツァルト
クラシック音楽の棚に来て驚いた。
何故だろうか、ここだけ雰囲気がちがうようなきがする。
作業していたミカさんは、目がグルグルしてきた。
棚が揺れている気がする。もしかして、地震?
耳元でワンワンなにかが反響している。
「気持ち悪い……」
主張が強い。本の主張が強いのだ。
まるで陰口を言い合うおばさんたちの間に挟まれた気分。音楽家たちの本がワンワン喋っている気がした。
ハタ、とミカさんの手が止まる。
——本が喋るわけないじゃん……?
疲れのあまり、ミカさんは突然のスピリチュアルの人になってしまったのだろうか?
けれどもここの棚は、体に良くない気がする。感覚的に。
やはり磁場とか波動とか言い始めるスピリチュアルな人になってしまったのだろうか。
ミカさんの頭がおかしくなりはじめていた。
早く後ろのJ-POP、K-POPの棚に行きたかった。
——そうだ。歌をうたって、紛らわそう。
「ミッチョガネ〜 ミミミチョガネ」
song by treasure
ハタ、とミカさんの手が止まる。
——だめ。
「ミチョガネ」は韓国語で「狂っていく」という意味だ。選曲すら呪いにかけられている。
——うあああああ。
このまま狂っていくのだ、音楽家たちに囲まれて!
——くそう、ワーグナーめ! なんでそんなに鼻が高いのだ!
ミカさんは、全く悪くないワーグナーに八つ当たりした。
——もうダメだ! あと四千冊は読込みしないとここから出られない!
ミカさんは頭を抱えた。その時だった。
「あの、すみません。『汝、星のごとく』はどこですか?」
「えっ?」
振り返ると生徒がいた。
夏休みだというのに、わざわざ本を借りに図書室まで来ていたのか! えらい!
「『汝、星のごとく』が読みたくて」
「あ、その本はこっちに……」
いやいや、君がまさに「星のごとく」だよとミカさんは心の中で喝采をおくる。
なぜなら、この生徒のお陰で魔境の棚を抜け出すことが出来るのだから!
ミカさんは案内する。文学の棚にきた。
空気が美味しい。
ここは、八ヶ岳ですか?
というくらい静かで、空気がちがう。
そして、魔境の棚に戻るとやはり「うるさい」。
ミカさんは頭がおかしくなってしまったのかもしれない。
この現象に名前をつけて欲しいと思った。
もしかして、心霊現象ですか?
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