天井をはしる銀河鉄道

 ジャッジャッジャッジャッ



 顔をしかめて、ミカさんはむくりと起き上がる。



 ——うるさい。



 ジャッジャッジャッジャッ



 ケイさんも眠れないのか、少しだけ顔を枕からあげた。



「うるさいね」小声でケイさんがささやく。

「うん」ミカさんは答える。

 


「あした、朝イチで電話してみる」



 ミカさんは耳に蓋をするように、目をギュッとつむった。








 本格的に夏がくる前に、クーラーを掃除してもらおうと業者を呼んだ。


 毎年きてもらう業者だったから安心していたし、業者が帰る直前の点検にも付き合った。



 なのに。



 夜になった途端、不穏な音がクーラーから響きわたる。



 それは、だんだんと大きくなり……。

 クーラーは暴走して壊れてしまうのではないかと思うほどであった。




 おそらくクーラーを掃除する時に分解した際、なにかのネジが外れかかっているのではないかと思われた。




 何度目かのコールで、ひときわ明るすぎる声のおばさまが出た。


 ミカさんが事情を説明すると、おばさまはやけにゆっくりとした調子で「はぁい」とか「あら」とか「まあ」と合いの手をいれるだけで、先に進まない。




「あの、昨日対応してくれた方にかわれませんか?」


 眠たい目をこすりながら、ミカさんは頼むとおばさまはやっと解決策を発見したかのように「折返し電話しますね」と言った。





 しばらくして——といっても半日後くらいに——電話がなった。



「申し訳ありません」


 業者のお兄さんの第一声がその言葉で、ミカさんは少しだけ安心した。ああ、伝わっているなと思った。



「どんな音がしますか?」と聞かれたので、少し首をひねってミカさんは



「ジャッジャッみたいな音です」と伝えた。


「……えっと……」


 電話の向こう側でお兄さんが困惑しているのがわかった。


 擬音ではなくて「ネジがとれそうな音」とか「振動がすごい」とか「洗濯機が脱水している時の音」とか具体的に伝えればよかったのに、あわてたミカさんは、




「汽車が走ってる音です」と答えた。



 間があった。


 あ、間違えたなと思った時。「ぷっ」という声が聞こえた。



 笑っている。

 お兄さんが笑っている。



 なんだかとても恥ずかしくなると同時に、むくりとミカさんの中の半分の血が騒いだ。





「おいコラ、なにわろとんねん」





「シュッポッポのわけないやろが、アホか。汽車が走る音くらいうるさいっちゅーのがわからんのか、おのれは」


「そのうち汽笛がなってワーたのしいですねぇ、なんてことあるか、ボケ! こっちは寝れとらんのじゃ! 汽車みたいに火ふいて、煙でんじゃないかって心配でフクロウみたいに起きとったんじゃ!」





 ハッとした。



 もちろん声に出ていないことを確認する。

 


 ——だめだめ、落ち着いて。



 とミカさんはもう半分の自分をなだめる。




 ミカさんの父は、大阪人だった。

 かといって、大阪弁を教えてもらったことはない。だから、エセ大阪弁。




 けれども、ふとした時に出てきてしまう。

 ちょっとイライラした時とか。




「とにかく、見にきてください」と伝えると業者のお兄さんはその日のうちに来てくれた。





「たしかに、汽車みたいな音がしますね」



 お兄さんは言った。



「でしょう!」ミカさんは胸をはる。



「うーん」とうなってお兄さんが、クーラーに手を当てて、少しだけ横にずらした時。






 音は呆気なく止まった。





 これには、お兄さんも驚いたようだった。


 どうやらミカさんの家は賃貸なので、クーラーはひっかけてあるだけのようだ。掃除した時、クーラーの位置がずれ、部屋の構造など、いろいろな現象が混ざり合って、音が響いた……というのが、お兄さんの結論であった。





 夜、とても静かになった部屋の中でミカさんは天井を見上げる。



 クーラーの口から小さな汽車が発車して、たくさんの関西人が乗っている。



 ゲラゲラ笑って、お酒を飲んで、たこ焼きを頬張る。楽しそうだ。




 ミカさんも汽車に乗って、夢の中で懐かしい大阪へと向かう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る