昼ドラ保育園
ユウくんのお迎えで、ミカさんは保育園の門をくぐった。
玄関の自動ドアが開くと、子どもたちのカン高い声と共に涼しい風がふわりと頬をかすめる。
梅雨が明けたのかわからないうちに、夏がきた。季節が流れるのが早く感じるようになったのは、地球環境のせいではなくて、本当に大人になったからかもしれない。
「ユウくんママ」
話しかけられて、ミカさんは少しだけ目線をさげる。手を後ろで組んで、自信満々の顔をミカさんに向けている女の子がいた。
ユウくんと同じクラスのサーシャちゃんである。
褐色の肌にクリクリの黒目、長い手足はこの年齢にして日本人とのちがいをあきらかにしている。
サーシャちゃんは、とびっきりの美少女だ。
「あのね、ユウくんってね」
「うん」
「あたしのこと、だぁ〜いすきなの」
ニコッとサーシャちゃんは微笑んだ。
ミカさんは、一瞬「ん?」と首を傾げる。
サーシャちゃんがユウくんを好き
という報告ではなくて、
ユウくんがサーシャちゃんを好き
というちょっぴり面白い報告の仕方だった。
「あのね、ユウくんはあたしのことが、だぁ〜いすきなの」
サーシャちゃんは繰り返す。
「そうなんだ!」
ミカさんは初めて聞いた! ——実際にそうなのであるが——というように驚いてみせた。
そこに荷物を引きづりながらユウくんがやって来る。サーシャちゃんは、ユウくんの首に両手を絡める。
「ユウくんは、あたしのこと、だぁ〜いすきなんだよ」
私が、正妻です。
というような堂々とした雰囲気で、サーシャちゃんは言う。ユウくんが少し顔を動かしたら、偶然にもチュッとしてしまいそうな距離感で。
——おうおう、最近のギャルは積極的だのう!
ミカさんは感心してしまった。
「サーシャちゃん、ユウくんはお帰りのお支度するからね、むこうに行ってようね」
すかさず先生が間にはいる。
注意されたのが恥ずかしかったのか「はぁい」と小さな声をもらすと、サーシャちゃんは教室の奥へとフワフワとステップを踏みながら行ってしまった。
嵐が去ったようだ、とミカさんが思っていた時だった。
ズンズンズン。
小柄な少女が大股で近づいてくる。それも、怒りに満ちた双眸で。
「ユウくん!」
ズイッと背伸びをしてユウくんに近づいたのは、同じクラスのリナちゃんだ。
「あした」
リナちゃんは、斜めに見上げてメンチをきる。
「あした、いっしょにあそぼうね」
リナちゃんはそう言いながらもメンチをきり続ける。その迫力に思わずユウくんも「うん」と小さな声を絞り出す。
「あした、リナとあそぼうね」
ぜったいだかんね、という気迫がヒシヒシと伝わってきて、ミカさんも思わずたじろいだ時だった。
「あっら〜、ユウくんのおかあさんじゃないですか」
癒しのボイスが聞こえて、ミカさんは思わず微笑んでしまう。これまたユウくんと同じクラスのトウリくんである。
トウリくんは、手招きするようにヒコヒコっと左手を動かしながら近づいてくる。
「おしごと、おつかれさまです。ほんとに」
「ああ、どうもです」
ミカさんはお辞儀をする。
トウリくんは、じじいみたいな保育園児だ。
「まあまあまあ」
そう言いながらトウリくんは両手を広げる。
「それじゃ、ハグさせてもらいましょうか」
「ああ、はい」
ミカさんも軽く両手を広げて、トウリくんを迎える。
「それじゃ、しつれいしますよっと」
トウリくんがぎゅっとハグをしてくれる。見た目は五歳児だが、じじいみたいな五歳児である。
どこか体についているチャックを開けたら、じじいが出てくるのではないかと思うくらい、トウリくんはじじいみたいだ。
「はい。じゃあ、またあしたね、ユウくんのおかあさん」
トウリくんが離れたので、ミカさんは視線をユウくんに戻した。
目の前の光景に思わずヒッと悲鳴をあげた。
その光景は、まるで不協和音の合唱のようであった。
「ユウくんは、あたしのこと、だぁ〜いすき」
「ユウくん、あした、いっしょにあそぼうね」
リナちゃんはメンチをきったままユウくんの前に立ち塞がり、サーシャちゃんはユウくんの後ろから朗らかに歌うように「だぁ〜いすき」を繰り返している。
その強烈な二人にサンドされたユウくんは、歌詞を忘れた金魚のように、口を半開きのままポカンとしていた。
どこかで蝉がないている。
ユウくんを自転車の前に乗せて、ミカさんは夏の夕方を通り抜ける。
「明日は、リナちゃんと遊ぶの?」
丸い背中に向かって、ミカさんは話しかけた。
「ううん」ユウくんは言った。
「あしたは、ユウセイくんとあそぶの」
「えっ?」
「だって、ぼくユウセイくんがいちばん、すきだから」
波乱の予感である。
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