坂の途中の花嫁
数年ぶりくらいに、高いヒールを履いた。
つま先が痛いと思ったら、踵も痛い。けれど、背筋がピンと伸びる感覚を思い出したところだ。
ジューンブライド。
いや、もう七月だけれど。ミカさんは結婚式に参列していた。久しぶりの結婚式。コロナ禍ではほとんどの友人が結婚式を挙げずに結婚していった。
幸せ熱熱の新しい夫婦を見送り、ミカさんはふと自分の薬指を確認した。
──よかった。ある。
ミカさんは先日、結婚指輪を実家に置いてきてしまったのだった。
旦那さんのケイさんには言わずに一週間過ごした。なんとなく、体の左側が落ち着かない日々が続いた。
──結婚って、なんだろう。
ミカさんが仕事から帰宅すると、ポストに小さな封筒が入っていた。封筒には「ミカさん 忘れ物です 母」と書かれていた。
スマホを取り出すと、案の定母からLINEで連絡がきていた。「指輪をポストに投函しました」と。
封筒を開けると、指輪が入っているかと思いきや、真四角の紙が出てきた。
綺麗な模様が描かれた紙を、母が折っている姿が脳裏に浮かんだ。
セロハンテープで留めてある。開けると、思った通り、結婚指輪がころりんと転がりでてきた。
その瞬間、涙が溢れてきた。
この涙の理由がわからなかった。
──大事にしなさい。
母の無言の言葉が伝わってきた。
「あなたも中途半端なの?」
──誰?
「あなたがつくった物語の一人」
ミカさんが目線を上げると、窓から女の人が気怠げにこちらを見ていた。
「坂の途中が好きなの」
彼女は言う。
ああ、とミカさんは理解した。
──私は、どちらかというと、平坦な道が好き。
ミカさんが笑うと、彼女もくすりと笑う。
昔、そんな物語を書いた。
なにをやっても中途半端になってしまう女の子の話。
けれども、彼女は中途半端でいることを愛していたのだ。
そう、彼女はまるで、ミカさんの分身だった。
ミカさんはあたりを見回した。
たくさんの分かれ道がある。
次は、どの道を行こうか。
誰と出会うだろうか。
やはり、平坦な道がいいのだろうか。
起伏が多いのは困る。けれども、登らなければ見えない景色もあるのだと、ミカさんはすでに知っていた。
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