ミカさんは、算数ができない。
ミカさんは、壊滅的に算数ができない。
ひらがなや漢字には、色があって匂いがあって、生々しい。けれど、カタカナや数字はどこか機械的なイメージを持ってしまう。
だからだろうか、数字というのがいまだにどこかよそよそしく感じる。
「手、いたい?」
右手に巻いた包帯が、ぐっとひっぱられるのを感じて、ミカさんは目線を落とした。
知らない女の子がミカさんの右手に抱きついて、不思議そうに見上げていた。
「これ、なに?」
どこの子なのだろうか、女の子はミカさんに抱きついたまま話しかけてくる。
「包帯だよ」
公園の周囲を見回しても、女の子の親らしき人は見当たらない。
「いたい?」
「ちょっとね」
「ねえ、何才?」
「えっ……?」
ミカさんは考えてしまった。
──私って、今何歳だっけ?
「知らなくていいことです」
きっぱりとした声が聞こえた気がした。
──ああ。
ミカさんは目を閉じる。
きっちりと折り畳まれた、真っ白なプリント。
「開けてはダメ。見てもダメ。わかりましたか?」
うなずいて、ミカさんはプリントを受け取った。親指に力が入って、真っ白なプリントに少しだけ筋がついた。
それは、小学校の先生に提出する書類だったと思う。両親のサインを書く場所と、それから──生年月日。
ミカさんの母は少し変わっていた。
絶対に年齢を子どもに教えなかった。童顔なので、母が何歳なのか子どものころのミカさんには予想がつかなかったし、そもそも数字を覚えるということが出来なかったので、いらぬ心配だっただろう。
「次の誕生日は、紫色の花束を用意してくださいね」
唐突に母が言った。
まだ靴下も一人で履けない頃の息子に、靴下を履かせている時に背後に立った母がそう言った。
「紫?」
そんな色、好きだったっけ?
そう思って「あっ」と気がついた。
母は、古希になるのだ。
ということは、七十歳。
ということは、母が私を産んだのはかなり年齢がいってからのことだ。
ミカさんは、今までになく早い計算をした。
そして、母がずっと年齢を隠してきた理由を知った。
年齢って、なんだろう。
ただの数字だ。けれども、生きてきた歴史でもある。
「ねえ、何才?」
再び知らない子に問われて、ミカさんは困ってしまった。
──何歳だっけ?
数字は覚えられない。そもそも覚える気がしない。
年齢を隠したくなるのは、なぜだろう?
イタズラ心が湧いてきて、ミカさんはニヤリと笑う。
「二十五歳だよ」
「ちがうよ」
ディユッ! と効果音をあげて登場したのは、息子のユウくんである。
「ママは(自主規制)歳だよ」
なぜだかユウくんは、数字に強い。
「ママは(自主規制)歳」
二度言うな。
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