石油王

 ミカさんは、よく知らない人に声をかけられる。



 なぜだか知らないけれども、よく声をかけられる。そのだいたいが、道を聞かれる。


 


 駅の改札の向こう側から、わざわざやって来たおばあさん。(改札通って大丈夫?)

 時には、電車内の離れた場所から。(目があったから?)

 時には、外国の方。(ドンキに行きたかったらしい)



 たぶんミカさんが、ぼーっとしているから声をかけやすいのだと思う。



 しかしである。




 ミカさんは、方向音痴であり、英語がしゃべれない。

 せっかく声をかけてくれたのに「えっと」「たぶん」「アー……コッチ! カムカム!」などとたどたどしい言葉でお返事するしかないのだ。申し訳ない。






 新婚旅行の時。



 ミカさんとケイさんは、タイに行った。

 乗り継ぎの空港で、事件は起きた。



 ケイさんがトイレに離れた時である。




 石油王みたいな人が二人、にこやかに手を振りながらミカさんの方へ歩み寄って来た。




 ──やばい。石油買わされる?

 ──日本人、オ金持ッテナイヨ!




 ミカさんは、動揺した。





「ピクチャー オーケー?」



 石油王らしき若者がiPadを取り出した。



 ──おお! 石油王ともなるとスマホじゃなくて、iPadなのね!



 ミカさんは感心して「オッケー」とiPadを受け取ろうとした。



 すると。



 もう一人のおじ様石油王がミカさんの隣にスッと立った。




 ──いや、お前と撮るんかーい!




 ミカさんは思わずツッコミを入れたくなった。

 と、同時に意味がわからず怖くなった。



「あー……ノーピクチャー! ダメダメ」



 ミカさんは芸能人のごとく「事務所に断りをいれてくださいよ」みたいなジェスチャーで首を横に振った。



 ──なんだろう? 石油王は初めて日本人をみたのか?

 ──日本人、メズラシイカ?



 ミカさんは激しく混乱した。

 けれども石油王もどきは「いいから撮ろうぜ!」みたいなノリで笑っている。



 ──あっ、この人はひよっとして、旅の途中で出会った人たちと写真をとっているのかもしれない。



 唐突にそう思った。

 ボーッとしているので声をかけやすい人間だと万国共通で思われているのかもしれない。きっとそうなのだ。



 ──ならば仕方がない。

 ──私はきっと、都合の良い人間なのだ。

 ──けれども、それで石油王の旅の思い出ができるのなら、いいではないか!



 満面の笑みで、ミカさんは石油王らしき人と写真を撮った。



 ふと、視線を感じて横を見るとケイさんがボーッと立っていた。



「オー! マイ、ハズバンドー!!」



 わざとらしくミカさんは手を振った。

 石油王かもしれない人は、ケイさんに手を振ると去っていった。





 新婚旅行中のミカさんは、ケイさんにかけよった。




 少女漫画のごとく「怖かったのよ〜」と言い出そうとする前に、ケイさんが口を開いた。





「知り合い?」






 んなわけあるか!!!!

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