月とワルツを

 何度目かの寝返りをうって、ミカさんは布団から抜け出した。


 真夜中のリビングは、深海のように濃く、冷たい。ひたひたと歩いて、重いカーテンを開ける。


 光が差し込んだ。

 陽の光とはちがう、こっくりとやさしく、静謐な光。



 深海の部屋で、光が誘う。

「お茶会をしよう」


 月の光を浴びたまま、ミカさんはお湯を沸かした。


 ドリップバッグコーヒーをお気に入りのマグにひっかけると、香りが広がった。



 ミステリアスで甘い夜の香り。



 角砂糖を二粒落として、窓際へ向かう。


 少しだけ窓を開けると、夜空の海が滑りこんできて、天井を群青色に染める。



 星がチカチカ輝く。

 点と点を結んで、好きな星座を作り上げてみる。



 ミカさんはふと思い出す。

 右手をにぎって、開いてを繰り返してみる。



 ──うん。手の調子はもう良さそう。



 怪我をしていた手がようやく治ったようだ。


 月光の下で、星々が踊る。


「踊ろう」


 差し出された手をにぎりかえす。



 ──もう痛くない。




 ミカさんは、再び言葉に向かい合うことにした。


 



 マグから、白い湯気がほんわりあがって、空へとのぼっていった。



 うんと、高く。遠くへ。



 明日から、またがんばろう。

 今日一日、お疲れさま。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る